Youtuberが3人

朝=バインミー、とうもろこし入りのトマトスープ/夜=キュウリと茗荷のおひたし、蒸し焼きブロッコリーのマヨネーズ和え、ゴーヤチャンプル、白米、味噌汁

家にいるだけでも体力を使う気がする。午後に、今年やる2Bルデコグループ展の相談でひとりやってきた。街中で声をかけてポートレートを撮っている彼に、工芸大でやっている古谷誠一展を薦める。その後、動画を1本アップ。3時間かからずに作ることができるようになった。最初の頃は3日以上かかったから随分と慣れてきた。内容は、ワークショップなどで話すことが多かった黄金比と構図の関係。そういったノウハウ的なものはYoutubeでどんどん公開していくことにした。

夜になって、多少は涼しくなってきたような気がするところでゴールデン街「こどじ」へ、小池さんの展示を見に行った。彼は屋久島国際写真祭のアワードでファイナリストになっている。お店には知った顔がたくさんいて、Youtuberも3人。「いわなびとん」の尾藤さんに初めてお会いした。いつも観ている人が目の前にいる不思議ってこういうことか。「こどじ」はカウンターの中の人も写真家。写真集を見せてもらったら、もろ好みで即購入。ゴールデン街を経験してみたい人がいたら是非行ってみて。お酒が飲めなくても大丈夫だから。

 

<2005年7月2日の日記から>

モンゴルは、ちょっとやそっとの移動では何も風景は変わらない。そのため毎日が移動の連続になる。レストランやドライブインなどない。昼食はウランバートルで用意したパンや野菜(レタス、大きめのキュウリ)になる。これに缶詰の鰯のスモークやサーモンのトマト煮をはさんで食べる。それとパンからこぼれそうなくらいに盛られたキャビア。今まで食べてきたキャビアの量を、一度に食べるくらいの盛り方だ。口に運ぶと端からボロボロと地面にこぼれる。こぼれるのをいとわないで豪快に口に放り込む。ロシア産、正規証明書付きの本物のキャビアだ。ねっとりとして塩辛い。なるほど、これがキャビアか。うまいかと言われれば、首をかしげる。パンにキャビアよりご飯に明太子のほうがおいしいと思うぞ。しかし、キャビアを口一杯ほうばれることなど今までなかったし、多分これからもないだろう。ということで連日思う存分キャビアを食べた。外で食べるゴハンはなんでもおいしいものだが、モンゴルの草原で食べればなおのことだ。一度だけ、おやつにウランバートルで買ってきたカレーヌードルを草原で食べた。たしかにモンゴルの羊はとてもおいしかった。でもね、本当のことをいえば、大草原でのカレーヌードルが一番おいしかったのだよ。日本では残す汁まで啜るように飲んでしまった。完食だ。ふと横を見ると、全員がカップをあおるように空に向けていた。カップヌードルをおいしく食べたければモンゴルに行くといい

6月の暑さとは思えない

朝=おろし蕎麦/夜=持ち帰りのお寿司

まだ6月だよね、と言いたくなる猛暑日。夏は好きな季節だが、最近の夏は容赦ない。打ち合わせと下見が終わってから天王洲アイルの寺田倉庫でやっている「骨董と現代アート」展と「ブルーピリオド」展をみに行ってみた。今年のはじめに放映されていた「ブルーピリオド」のアニメは面白かった。東京藝大に入学するために絵の勉強をしている高校生の物語で、かなりリアルに藝大受験を描いていている。東京藝大に限らず、絵画専攻の場合はどの大学でも実技試験があるが、写真学科の場合はない。「ブルーピリオド」展は、面白い展示構成になっていて、美大を志す高校生に向けて作られている感じだった。実際に学生が彫像をデッサンしている様子を見ることができるし、漫画の中に出てくる絵が再現されている。双方向的な仕掛けも随所にある。

いつものリコーGR3Xjyがなかったのと、届いたばかりの55mmF1.8を使いたかったので、α7Ⅳを持ち出した。サイズ感がちょうどいい。これならリュックに入れてもかさばらないし、撮っていてもハンドリングもいい。そっけないデザインのおかげで何かに引っかかることもない。写りもいいしAFもは速いし、これは買って正解だったようだ。

 

<2016年7月1日の日記から>

8時起床、仕事、11:00マルシェ、13:00ランチ、サンテミリオン観光、17:00プール、仕事、21:30日没、22:00夕食、24:00終了、天の川、25:00就寝。パリからボルドーへ。今回のアルルでの展示に一緒に参加するローンさんの別荘へ日本人5人とパリのプリンターマルティンさんと 行くことになっていた。朝食を取り、列車が出る1時間半前に我々は宿からタクシーで駅に向かった。ガルドリヨン駅までは3キロ、いつもなら10分くらいで着く距離だ。いつもなら。

パリは1月からストが断続的に行われていて、しかもテロ警戒中のため市内のあちこちに交通規制がかかっていて、いたるところで交通渋滞。しかもチケットを確認したらガルドリヨンじゃなくてモンパルナス駅である事が判明。急遽進路変更してもらうも大渋滞でまったく車は進まず。抜け道で駐車中の車につかまり万事休す。地下鉄に乗り換えることも考えたが時はすでに遅し。予定が詰まってるわけでもないので焦ることもない。結局1時間半後の14時の列車に振り替えることができて無事ボルドー駅へ。そこからまたローカル列車に乗り換え、駅から車で30分かけてようやく夜9時に到着。といってもこの時期のヨーロッパは、夜の9時になってもまだまだ明るい。ローンさんはマルチメディアの人で、写真だけではなく、ペインティングや動画の仕事も手がけているアーティストだ。現在は劇場公開用の映画製作に追われている。別荘と言っていたのは、凄まじい規模のスタジオだった。100年前の農家を改装した仕事場には、機械類が置かれていて何でも作れてしまう巨大な工作室、3セットは組める天井高3.5メートルはあるスタジオに、160センチ幅まで伸ばせるインクジェットプリンター、大きな窓辺の打ち合わせ室、作業場、キッチン、プラス4つのゴージャスなゲストルーム。まだある。外のプールにはキッチンとダイニングが付いていて、夜はそこでご飯を食べる。離れにはワインカーブがあって、毎日珍しいワインをポンポン開けてしまう。世界は広いというが、こんなアーティストもいるんだな。日本でアーティストだっていうのは貧乏だと言っているようなものだから(笑)。彼らは朝6時から夜の10時まで休まず働いている。ゆっくり話せるのは食事の時だけ。我々もアルルの準備でマルティンさんにプリントをしてもらうが、ちょっと浮かれ気分。3日間ボルドーで過ごし、これから車でアルルへ向かう。今日は途中で一泊予定だが、再び2段ベッドの宿になりそうだ。

FE55mmF1.8ZA

朝=あんかけ玄米パスタ/夜=フォーガー炒飯、小松菜の炒め物、きゅうりと茗荷と蒸し鶏の黒酢サラダ/夜食=スガキヤ本店の醤油ラーメン

レンズが届いた。ソニーα7Ⅳ用のFE55mmF1.8ZA。友人から安く譲ってもらったものだ。今年1月に思わぬことからボディが手に入り、ついでにワイドと望遠のズームレンズも購入していたのだが、標準域がなかった。ずっとシグマの35mmと65mmの2本を買うつもりでいたのだが、55mmが手に入ったのでレンズ問題はあっさり解決した。軽くてボディバランスもいい。鏡胴の作りなんかはシグマの方がずっとかっこいいね。スッキリしているといえば聞こえはいいけど。

試しに写してみたら、気持ち色味が青い気がする。ホワイトバランスをオートにしていても若干青に引っ張られるが、悪い感じはしない。肌色は試せてないけどどうだろう。ソニーは割と極端に色が変化する気がしている。キヤノンのような収まりの良さは感じない。中心の解像度はかなりいい。ちょっと目を見張るものがある。反対に周辺はガサガサする。開放で使わず一絞りくらい絞った方が安心かもしれない。AFは全く問題なし。動画でもAFがよく働くのはさすが。

本当は50mmF1.2もずっと考えていた。レンズグランプリも受賞して、ソニーストアでちょっと安くなっていたのだ。でも25万円くらいする。カートには入れてあったが、決済できずにいた。京都に行ったときにα1に50mmF1.2の組み合わせを触らせえてもらってからずっと気になっていた。でも55mmF1.8が来たことでカートから削除することができて一安心。でもあの組み合わせは最高だったな。値段も最高だけある。2B Channnelライブの最初の方で写真もアップしています。

 

<2017年6月30日の日記から>

学食は使えるらしい。「これから東大で勉強だから」と「東大」を強調してルデコを後にする。これから半年間、週に2、3度東大に通って毎回3時間の講座を受けることになった。「社会を指向する芸術のためのアートマネジメント育成事業」というもので、作家育成ではない。インタプリター(評論家)コースとマネジメントコースがあり、A群B群C群の「アート・ロジスティクス」「人文社会知」「実践プログラム」カリキュラムから必要なものを選択して最終的に終了プレゼンテーションをすることで終了となる。優秀者2名は海外研修まで用意されている。僕はインタプリターコースを選択したが、どちらのカリキュラムも受講できる。知りたいことが山盛り。しかも無料。中には実際に展覧会を作ったり英語プレゼンテーションのコースもある。

2010年に新進芸術支援制度を利用して海外で勉強してみようと思ったがあえなく失敗。その後も大学院に行けないものか思案していたが、費用と時間の制約が大きい。そこへ教えてもらったのがこの市民講座だった。期間、費用、内容と全て自分のためにあるんじゃないかという講座。おしむらくは学生証がもらえないこと(笑)。初回ガイダンスに集まった面々を見渡すと、やっぱり僕が最年長。若い人ばっかり。そりゃそうだろうな、人材育成講座だから。なので学生ばかりかなと思っていたら、自己紹介の時に意外と社会人も多いことがわかった。ちょっと安心。来週からさっそく授業が始まる。今年は2Bと東大に通うことになる。

「写真学生」がやって来た

朝=焼きベーグル、スクランブルエッグ、ソーセージとアスパラ炒め/夜=生姜焼き、晩柑とチーズのサラダ、厚揚げとズッキーニの出汁煮、豆腐のお汁

Youtubeをやっているある写真家から連絡があって、初めてお会いした。思ったより背の高い方だった。一緒に何かやりたいと言ってもらえたので、手始めに来週生配信をすることにした。本番があるので今日はあまり突っ込んだ話はしなかった。2B Channnelをやっていなかったら、接点がなかった写真家と話ができる。時代だなぁと思う。そこに企業やメディアが絡まないのだから。7月7日木曜日の予定。詳細が決まったらお知らせします。

暗室に寄って乾燥済みのプリントを回収。期限切れの印画紙だけど、いい感じに仕上がっている。これはちょっと楽しくなってきた。手持ちのエイトバイテンカメラを、夜に持ち出して撮影してみたい。夜、2B Channnelに登場する「写真学生」が、プリントのフラットニングにやって来たので、家で一緒にご飯を食べる。相変わらずのようだが、元気そうだった。来月、大学での卒業制作の審査があるそうなので、その話をまた2B Channnelで話してもらおうと思う。4回ほど出てもらっているので、写真学生ファンという存在が少なからずいる。

 

<2007年6月29日の日記から>

米沢から笹巻きが送られてきた。初夏だ。さて、アルルに行く日が近づいたが、相変わらずバタバタ。手ぬぐい、写真集ときて、今日は『旅するカメラ3』の見本刷りが20冊届いた。パラパラめくってみてみる。写真の印刷も大丈夫そうだ。今回の『旅するカメラ3』は本当に大変だった。最後の最後まで差し替えをして作り上げたので感慨もひとしお。『traverse』は7月6日、『旅するカメラ3』は7月10日全国一斉発売です。冬青ギャラリーへ展示写真の確認へ。マットと額の具合を確かめる。ガラスは入れたくなかったが、今回はニュープリントではなく、撮影当事のプリントが多く含まれるため、ギャラリー側からガラスを入れるようにお願いされた。購入してもらった写真は、ガラス入りの額に入るわけだからと納得した。展示の写真は、いまではなくなってしまった。エクタルアペーパーのものも多く含まれる。展示品以外でも注文があれば写真集の中のイメージを新たにプリント。

冬青を後にして中野の「フジヤカメラ」へ。注文しておいたオリンパスE-510が届いたと連絡があったのだ。アルルに何のカメラを持っていこうかと思っていたときに、オリンパスE-410が目に付いた。カメラ屋で繰り返し流れている宮崎あおいのCMに持ってかれたのだ。410にしようかと思ったら510もすぐに出るという。どっちにしようか悩んだあげく、アルルには510を持っていくことにした。なぜデジカメなのかといえば、今回のアルル行きは、アルルで写真を撮ってくるのが目的ではなく、アルルフォトフェスティバルがどんなものか見てくるため。そしてトークショーや媒体でそのことを伝えるつもりだ。それならデジタルカメラのほうがいいと判断した。で、どうせ持っていくなら新しいのがいいに決まってる。デジカメは最新のものが最良なのだ。色々他にも買うものがあったのだが、E-510の箱を受け取ると一目散にバスに乗って帰った。バスの中で我慢しきれす箱を開ける。久しぶりに新品のカメラだ。でも昔のカメラみたいに、あの独特のカメラのにおいってなくなったよなあ。残念。

もう梅雨明け

朝=おろし蕎麦/夜=玄米ドライカレー/夜食=セブンの汁なし坦々麺

杉並区に光化学スモッグ注意報がでた。こりゃ梅雨明けだな。予定がない日は何をしたらいいのかわからないので、動画を1本作る。たぶん、これは仕事であり趣味なのだ。ネタが決まれば3時間ですべて完了できるのだが、今日はネタをなんにするかで悩んでお昼から初めたのに、終わったのは4時を回っていた。

アップすると視聴回数が気になる。それにも増して視聴維持率といって、3日くらいすると出てくる数字があって、視聴者がどのくらいの時間見てくれたかという指標で、つまり面白かったかどうかがわかる。それによって何が求められているのかを探ることになる。好きなことをやっているようで、数字に左右されているところが大きい。かといって戦略的なんてものには遠く及ばない。

18時公開に予約してコーヒを飲みに出かける。妻が午後から出かけていて、ひとり飯なので何を食べるか悩む。いろいろ外食を考えたが、結局家に帰ってドライカレーを作ることにした。さらに、遅く帰ってきた妻と一緒に夜食を食べてしまった。セブンの汁なし坦々麺は今年の夏の定番になりそうだ。

 

<2011年6月28日の日記から>

毎朝11時にギャラリーに出勤すると、写真集コーナーの隅でパソコンを開く。そして黙々と『旅するカメラ4』の原稿を書く。すでに書き終えて編集部に出した、と以前日記に書いたが、内容は大幅に変更になった。なぜか? 今回、出版社の編集部ではなく、フリーでライター兼編集の仕事をしている妻が、僕の本の編集をすることになった。僕としては本意ではないが、出版社のほうと細かな連絡をとりあうのは面倒な作業なので、近くにいたほうがいいかと了解した。うかつだった。編集部に出してある、今まで書いたものを妻に見せた。するといきなり「これと、これはつまんない。ネタが古い」。それはアルルからビエンナーレ、パリフォトへのくだりであって、僕が『旅するカメラ3』以降に体験してきたほぼすべて。それを「つまらない」とバッサリ。実は自分でもウスウス気が付いていた。もう4年もたつと、アルルも古臭い話になっている。今更という気もしていた。しかし、そのあたりの章をなくすとなると、30ページ以上ごっそり抜けることになる。妻はこともなげに「短いやつで量をたくさん書いて」。それからは僕は毎日コラムを書き続けた。たまにクマのようにギャラリーをうなりながら歩き回る。ネタが出ない。短い文章で簡潔にというのが『旅するカメラ』の基本。電車で2駅から3駅ぐらいで1章読み切れる分量がベスト。となると1冊でネタは20本以上用意しなくてはならない。ボツになることを考えるとその倍。毎日書き上げては自宅にいる「編集者」に原稿を送る。そして自宅に戻ると「今日の原稿はいかがだったでしょうか」とお伺いをたてる。妻は台所から「まあ、いいんじゃない。最後のところちょっとグダグダになってるから赤字いれといた」。結局大幅な入れ替えで原稿を完成させた。編集部に「アルルからのくだりはやめて別なものにしました」と連絡すると「さすが奥様わかっていらっしゃる」だと。後書きは冬青ギャラリーで書いた。今月編集部に原稿をだし、来月デザイン入れ、予定では9月中旬発売予定だ。書下ろし多数! 結局、アルルからパリフォトまでの僕の数年間の経験は、後書きでわずか3行になっていた。

戦中の『アサヒカメラ』

朝=蒸し鶏のうどん/夜=キャベツのサラダ、豚ヒレカレー、玄米/夜食=スイカ

対面ワークショップも3回目。来てくれている方たちも、ちょっと慣れてきたようで、ひとつの話題から様々な話が出てくる。こういうのやりたかった。写真は上手くならないけど、写真のことを深く考えることができるワークショップ。

参加者のおひとりが、戦前から戦後にかけての『アサヒカメラ』を数冊持ってきてくれた。戦争中の昭和17年でも発行されていたのには驚いた。表紙は当時の東條英機首相。とはいえ16年12月開戦で翌年の1月だから、まだ切羽詰まる状態でなかったんだろう。それにしてもカメラの広告が結構多かった。舶来もののライカの広告はなかった。1958年になると表紙や口絵がカラーになっている。かなり発色がいいし、内容もかなり充実している。この『アサヒカメラ』は、お借りしたので、今度の2B Channelのネタに使わせてもらおう。

 

<2007年6月27日の日記から>

アルル写真フェスティバルのポートフォリオレビュー参加費250ユーロを銀行から振り込む。公式サイトからで、クレジットカード決済がうまくいかず、結局銀行から振り込まなくてはならなくなった。手数料4000円を含むと、今日のレート169円99銭で換算すると4万5千円也。高いがそれが目的だからしょうがない。事務所に行ったら宅配便の不在連絡表が届いていた。送り主は冬青社とある。写真集だ。急いで宅配便に連絡をとって、すぐに再配達してもらうことにした。1時間後、小ぶりの段ボール1箱が届いた。写真集20冊分。ひとりで持つにはずっしりと重い。焦る気持ちを抑えつつ、カッターで箱を開け、中身を取り出す。『traverse』が出てきた。イメージ通りの表紙の仕上がりだ。1冊取り出して窓際に座ってページをめくる。米沢から始まって東京へ、モンゴルからまた米沢へ、ハワイからアジアの島へと続き、再び東京へ。その後も米沢と東京を軸に中国、台湾、ニューヨーク、パリ、ミャンマー、と写真が続く。印刷所で散々見ているはずなのに新鮮な感じだ。最後まで見終わって、やりたいことがちゃんとできたことに安堵感を覚えた。ホッとした。物はできた。後はこれを必要としてくれる人に届けなくてはならない。

「YPFアワード」受賞者決定

朝=豚肉とネギのつけ汁きしめん/夜=きゅうりとトマトとチーズのサラダ、親子丼、豆腐のお汁

屋久島国際写真祭(YPF)が募集していた「YPFアワード」のグランプリが柏田テツヲさんに決定したようだ。当初の予想を大きく上回る応募者があったそうで、ファイナリストに残ったみなさんもおめでとうございます。11月に屋久島でお会いしましょう。来週からはアルルのフォトフェスティバルが始まるが、今回は見送った。来年こそはと思っている。その代わりに、夏期の瀬戸内ビエンナーレには行く予定だ。7月から9月にかけて、僕の新作制作の正念場になる。ひさしぶりにふつふつとした衝動が沸いている。

 

<2014年6月26日の日記から>

屋久島3日目。今日は一日中雨。というより土砂降り。ところが撮影をするために現場へ向かっていると小降りになって、カメラを取り出す頃はほとんど傘がいらなくなる。雨降り女と奇跡の晴れ男、いい勝負をしている(笑)。雨が降っていいこともある。晴れていればチョロチョロとしか流れない滝が増水で轟音とともに溢れんばかりに吹き出している。場所によっては滝壺間近まで近づけるところもあって迫力満点。木々の緑も深くなって雨は雨でいいものだ。初日と2日目は快晴とまではいかないものの、時折り日差しが差し込み、山歩きにはちょうどいい天気だった。案内人が、まずは「屋久島ランド」からというから甘くみていたら、これが結構ハードなアップダウン。150分コースを4時間近くかけて写真を撮りながら歩いた。ひとつ分かったのは、足元に気を取られると周りが見えず、周りを見ようと視線を前に向けると木の根につまずくということだ。2日目はガジュマルが密生した、秘密めいた場所に連れていってもらった。野生の屋久鹿や屋久猿が目の前に出てくる森。ここは一日中いてもあきそうにない。カメラはローライの二眼レフとともにローライの一眼レフSLXも持っていった。250ミリを使おうと思ったからだ。撮りすぎないようにフィルムは40本だけ。10日間の日程で3日目を終わって15本。ソニーα7も持ってきたがまだ出番なし。宿は「まんまる」がお勧めということで基本的にそこへ連泊している。元漁師の親父さんの料理と海が見える大きなお風呂が売りなのだが、実は息子さんはドイツで写真を勉強していた、現在でも作品制作を続けている方と知って驚いた。しかもドイツで知り合ったという奥さんはロシア人。ふたりとも英語が通じるので外国からのお客さんも多い。中には有名な写真家も訪れているそうだ。写真が好きな人が案内してくれるから案内してくれる場所がツボにはまる。愛称「チッチ」。話を聞けば聞くほど味が出てくる。今回の旅の一番の収穫かもしれない。

 

実によかった「ボテロ」

朝=ホットサンド、新玉ねぎのトマトスープ/昼=「永坂更科」の蕎麦/夜=キャベツと蒸し鶏のポン酢サラダ、厚揚げとズッキーニの胡麻油炒め、玄米の人参炊き込みごはん

妻がBunkamuraでやっている「ボテロ展」みをに行こうと言う。ボテロねぇ、なんか気乗りしない。でも他の美術館を探しても、どこもちょうど架け替えの時期のようで、めぼしいものをやっていない。「ボテロでもいいか」という感じで見に行ったのだが、これが実に良かった。現役のコロンビアの作家。特徴はなんでも太らせる作風。こう書くと漫才のタイムマシーン3号みたいだが(実はファン)、ボテロはあるときに「ふくよかな魔法」を手に入れたんだそうだ。どんな者でも柔らかくふくよかにしてしまう。それが人を惹きつける。モナリザだってマリーアントワネットだって、キリストだってふっくらしている。

渋谷の東急百貨店は、来年の1月で建て替えのために閉店だそうだ。Bunkamuraで展示をみたら、百貨店8階の「永坂更科」で蕎麦を食べるという、僕たちの黄金パターンがなくなってしまう。ここの蕎麦は本当に美味しい。妻はいつもカレー蕎麦一択。ぶれたことがない(笑)。

渋谷から新宿に出て「OM  SYSTEM  GALLERY」へ中藤毅彦さんの展示を見にいく。新宿のギャラリーもエプソンが銀座に移り、リコーペンタックスがなくなり、オリンパスが「OM  SYSTEM  GALLERY」 にと様変わりしている。中藤さんが撮っているのは一貫してストリートスナップ。今回は渋谷だ。森山大道と桑原甲子雄がまじあっている。香港の紛争を撮影した写真集を購入。今度の2B Channnelライブでストリートスナップの話をしてみようかと思う。

 

<2012年6月25日の日記から>

月曜日は自分のお休みの日にすることが多い。しかし、そもそも僕の場合「お休みってなんだ」ということになる。撮影をしていても、プリントをしてるときでも、仕事をしているという感覚が希薄だ。もう少し若いころなら「仕事で撮影している」という自負も気概もあったような気がするが、そこらへんが薄れてきている。近ごろは忙しいといってもたかが知れていて、せいぜい2週間くらいスケジュールが詰まるくらいだ。暇ではないが、働いている気はしない。お昼ぐらいに家を出てプールに行ったりするときに、現場で働いている人を見かけると心の底から罪悪感に見舞われる。それはもう本当に、本当に申し訳ない気がしてくる。「好きなことをして暮らしていけるっていいですね」と言われることがあるが、とんでもない、こんな暮らし方をしていていいのだろうかと常々思っている。本当は「ちゃんと働きたい」と心のどこかで思っている。大学時代に才能の差をまざまざと見せつけられ、新聞社にもぐりこんだものの折り合いがつかず、フリーになってからは「俺って天才」と自分にいい聞かせ、なるだけ先のことを考えずに生きてきた気がする。どうやら自分には、才能ある人とはどういう人なのかが分かるだけの才能はあるみたいだ。だから余計自分との差が見えてしまうわけだ。映画「アマデウス」でサリエリが「神はモーツァルトが天才だということを理解する才能だけを私に与えた」と嘆くシーンがあるが、自分も大学時代からずっとそうだった気がして深く頷いてしまった。低気圧の月曜日はこんなことばかりを考えて、何も生産せずグズグズと一日が終わるのだ。

「つまらない」のでやり直す

朝=笹巻き、納豆/夜=セブンの坦々麺、コロッケ

早朝から妻が家にいない日は、朝ご飯と夕飯に何を食べるかというこを決めるのにとにエネルギーを使う。いろいろ考えた挙句、結局セブンで買ってきたものになった。

午前中から1本の動画を作る。座ってただ喋っているだけなので、この日記を朗読しているようなものだ。今回は「縦位置にカメラを構えるときにカメラをもつ右手は上にくるか、下にくるか?」について。Twitterにこのことについてのアンケートが出ていて、右手は上が7割、下が3割という結果だった。意外と右が下の割合が多いなと感じたので、すかさず動画を作ったわけだ。ネタ探しが大変(笑)。

その後、来月予定している、母校のオムニバス講座の資料のまとめ。できあがったのもを、時間を計りながら一度頭から話してみたのだが、20分経過した時点で「つまらない」と思ってしまった。話している本人がつまらないのだから、聞いている方は間違いなくつまらない。ということで一からやり直すことにした。オムニバスなので連続ものでない難しさがある。講義というよりトークイベントだと思えばいいと思うことにした。持ち時間は質疑応答を入れてきっかり90分。誘導がまるできかないので大変。

 

<2013年6月24日の日記から>

2日間で通常の3倍以上のアクセスがあった。SNSを通して多くの人が見てくれたようだ。週末に会った人との話題もほぼこの日記についてだった。「問題意識を持たないと写真を撮ってはいけないのか? 好きに撮ることに意味はないのか?」。そんなことはない。あくまで「現代アート」のくくりではそういったことが行われているのではないかという個人の考えにすぎず、これがすべてではないことは自明であり、もっともっと多用で複雑なはず。これで僕の写真のスタイルが突然ノスタルジーから大きく振れることもないだろうし、いきなり問題意識を持って撮影に臨むということもない。ただ、今までの「世界のどこかに自分の写真を受けれいれてくれる人がいるはず」という受け身のスタンスから、「いつ、どこで、誰に見せるか」ということを強く意識していくということ。世界には、いろいろな人がいるわけだから、考え方も多様だし、受け入れる写真も多様。それをタントテンポの杉山さんは「スロットに落とし込む」という表現をしていた。スロットに合わないものを差し込んでも弾かれるのは当然。どこにそのスロットがあるか、自分はどのスロットなのかを意識していないと「なぜ分かってくれない」と悩むことになるのではないか。それを知るには、知識として知らなければならないこともたくさんあるし、人の助けがとても必要だし、何より自分の写真を常に考えている必要があると思う。物凄い敏腕マネージャーがついていて「あなたは制作することだけ考えていれば後のことは我々がマーケットに落とし込む」と言ってくれれば別だろうが、「誰かがいいようにしてくれんかなあ」と漠然と思っていてもしょうがない。

人に見せずに撮っていてもいいと思う。それを自分だけで消化するなら、感覚だけを重視して好きにやるほうがいい。でもそれを人に見せて共有しようと思えば「自分の好きなもの撮ったから好きに見て」だけでは足りない気がしている。写真のことを考えるのは面白い。僕はずっと写真を通して世界や人生を考えている。

登録者数1万5千人に

朝=笹巻き、納豆、卵のお汁/夜=カボチャとズッキーニのオイル炒め、豚肉と長ネギの豆板炒め、胡瓜とセロリのダシあえ、笹巻き納豆

笹巻きは蒸した餅米を笹に包む簡易保存食で、米沢ではこの時期にだけ食べる。きな粉をまぶしたり納豆をからめて食べる。ぼくにとっていまでは唯一、米沢を感じる食べ物になってしまった。

2B Channnelの登録者が1万5千人になった。2019年9月1日に始めたので34ヶ月たったことになる。3年弱だ。最初に立てた目標が登録者数1万5千人。これは写真雑誌の公称発行部数。つまり1万5千人の視聴者がつけば、単純に写真雑誌というメディアと同じ影響力を持つことになるのではと考えたのだ。実際には視聴回数が1万5千回までいく動画はそんなに作れていないが、3年近く続けたことで随分と環境が変わってきた。

写大ギャラリーで、古谷誠一の写真展を見てからずっと気になってしまって。10年前に買った小林紀晴の「メモワール 古谷誠一との10年」を引っ張り出した。買ってあったけど、すっと読んでなかった。読んでしまったら何かが変わってしまいそうな気がして。2日間かけて読んで、今まで読まなかったことを後悔した。ある写真家の存在を通して、写真を選んだ者が持ってしまう「呪われた目」について考えてしまう。誰しもが持つが、写真をやっているとそれに支配されてしまう。「良い写真」を求めてまだ誰も見ぬ光景を探してしまう。アーティストとは違った「呪われた目」の持ち主が写真家なのか。小林紀晴はこの本を書くために生まれてきたんじゃないかと思う。取り憑かれたように古谷誠一を追い続けることで、写真とは何かを考え続けていたのだ。

 

<2007年6月23日の日記から>

カラーの自動現像機から大量の液漏れ有りと連絡。井の頭公園で写真を売って生計を立てている写真家がいるという話は以前から聞いていた。その作家は昨年度日本写真協会新人賞と写真の会賞をダブル受賞しているという。国内作家のオリジナルプリント相場というものがあるとすれば3万から20万円というところだろうか。決して安いものではない。1枚の写真を購入するとなるとある程度の決心が必要となる。ところが井の頭公園で売っている値段と言うのが1枚「1000円」なのだ。1万円ではない、千円だ。その作家の名前は風間健介という。夕張の炭鉱を撮った写真集は知っていた。骨太ながっしりした写真を撮る人だという印象を持った。写真賞を受賞しているのにかかわらず、1枚1000円で写真を販売して生計を立てている不思議さに、前々から井の頭公園に行ってみたかったのことが、今日実現した。

休日の公園はお天気がいいのもあって驚くほどの人出だった。公園入口の焼き鳥伊勢屋は長蛇の列。昔は閑散としていたものだったのに。写真好きな知り合い8名ほどで連れ立って、風間さんを探しに、伊勢屋を背にして池を左回りに歩いていった。道沿いにはフリーマーケットさながら色んな物を売っていたり、ところどころで演奏をしている。結構楽しい気分だ。

ふと横を見るとシートを広げて写真を並べている人がいた。風間さんだ。思わず通り過ぎてしまうところだった。挨拶もそこそこに写真を物色する。RCペーパーで焼かれたものの中にはバライタ印画紙のものもある。思わず「ここにあるもの全部1000円なんですか?」と聞いてしまった。並べてあるものもケースに入れてあるものもRCバライタ問わず、モノクロは全部1000円。カラーは2000円だった。炭鉱のバライタプリントを2枚、海が写っているものを2枚選んで購入した。4枚買っても4000円だ。

一緒に行った人たちも、それぞれ好きな写真を選んで買っていた。風間さんに聞いたら一日5枚ほど売れるということだった。ただしニコンやキヤノンをぶら下げているおじさんは見向きもしないという。なんとなくわかるような気がする。1時間ほどいろんな話を伺った。でも記憶に残ったのは写真の話ではなくて「焼酎を1日1リットル飲む。身体のためを考えてウコンで割っている。毎日5時間飲む。昔は1ヶ月で一升瓶20本の焼酎を飲んでいた」という武勇伝。なんだか昔ながらの作家のようで格好がいいではないか。今年46歳というから僕と同年代だ。風間さんは北海道の夕張に20年近く住んでいた。数年前北海道に行った知り合いは、風間さんの自宅ギャラリーを訪れている。風間さんの家の窓にはガラスがなくビニールがヒラヒラと貼られていたそうだ。冬でもそのまま。夕張の冬はマイナス20度になるはず。自分のことを「体が弱い」と言っている風間さんだが、そんな部屋に住めるのなら十分丈夫なような気がするが…  焼酎を飲む理由も寒さ対策だったのだろうな。伝説になるであろう井の頭写真販売を堪能し、帰り道「狼の毛で作った筆」を買い、吉祥寺駅前のハモニカ横町で飲んで帰った。かなり充実した休日である。

 

暗室のあとの定食

朝=おろしへぎ蕎麦/夜=高円寺「フジ」の定食、ポテトサラダ

前回現像した8x10のネガをプリントするために暗室へ。20x25センチもある大きなフィルムなのでベタ焼きを作る。なんの印画紙で焼こうかと悩んでいたら10年前に期限が切れているフォードのバラ板印画紙が15枚くらい箱の中に残っていたので、それを使うことに。ちゃんと焼けたように思えたのだが、水洗が済んで明るいところでチェックすると、かなり印画紙が劣化していて白いところが薄いグレーになっていた。それも味のような感じだし、本番プリントではないので問題はない。手持ちの8x10にストロボの組み合わせはバッチリだった。もう少し撮り溜めてみよう。13時に暗室に入って17時に終了。いま僕が暗室で集中できるのは4時間くらい。

家に戻るとすぐに銭湯へ。そして洋食「フジ」で定食にビール。ハンバーグと串カツがついていてラッキー。家に戻ると眠くてたまらない。夜9時にはベッドに倒れ込んで、結局そのまま寝てしまった。

 

<2004年6月22日の日記から>

先週の「デイズフォトギャラリー」のワークショップ第2回目の講師は、ハービー山口だった。写真集や著作も持っているファンのため、とても楽しみにしていた。第一印象は「エッ、この人がハービー山口なの?」ハービーという名前や写真から、なんとなく細身で言葉数少なく、神経質そうな人を想像していたのだ。本人はとにかくよく喋る。世間話からはじまって、病弱な少年時代、ハービーの名前の由来、ロンドン時代の体験から写真を撮り続ける理由まで。僕の好きな「それがパンクなんだ!」の話しもあった。あまりの語り口の面白さにメモを取ることさえ忘れてしまう。そして極めつけはスライドショー。山崎まさよしのCDに合わせて「代官山17番地」が流れる。写真集で知っているくせにジーンときた。感動した。スライドショーいいかも、と思ってしまう。パソコンのスライドシューではなくてガチャガチャとアナログなスライドショー。ハービーさんに見てもらった講評での写真は、元アシWの結婚式を撮ったもの。とても喜んでもらえた。このワークショップはゲスト講師が受講者の写真を講評してくれる。毎回新作を作るのは大変だが、こんなチャンスはめったにない。会が終わってからも話しはとまらない。外に出て彼がバイクにまたがるまで続いた。とってもエキサイティングな一夜だったのだ。

クリスティーネ

朝=ネギ肉ソーメン/夜=豚の角煮丼、ポテトサラダ

週末が過ぎて月曜日の午前中が一番のんびりできる。でもゴロゴロしていてもなんだか落ち着かないので、2B Channnelの動画を1本収録。フォーマットを決めて話すだけなので、割と簡単に作ることができる。1時間で原稿を書いて、リハーサルを1回、そこから本番収録。すぐに編集してアップ。3時間くらいで全て終えることができるようになった。内容は「カメラマンと写真家」というオーソドックスな物だけど、こういうものは意外と見てもらえる。たまにコメントで説教されることもあるけど、それもちょっと面白い。

午後から、東銀座の銀一cocoギャラリーに野口智弘さんの写真展「川風」を見にいく。写真集も出ていて触り心地がいいなあと思っていたら、ヴァンヌーボーだった。写真集好きにはたまらない紙なのだ。即購入。多摩川のほとりにテーブル出しておじさんが集まって飲んでいる写真があって心から「いいなあ」と思ってしまった。

銀座から中野坂上に出て写真大ギャラリーへ。古屋誠一写真展「第一章 妻 1978.2-1981.11」。工芸大が今年364枚のオリジナルプリントをコレクションし、それを展示していた。これは大変なものを見てしまった。ちょどギャラリーに誰もいなかったので、椅子を写真の前まで引っ張ってきてずっと見ていた。1枚目、1978年のクリスティーネは少女だった。くったくのない笑顔を古谷さんに見せている。そして最後は1980年、彼女は妊娠してお腹が大きくなっている。表情が固い。もしかしたらそういうカットを古谷さんが選んでいるのかもしれない。それはわからない。今回は第一章で続きがある。見るのが怖い。けれど見てしまうだろう。結末を知っているから、そこへカウントダウンされていく過程。何度も見ているのに目が離せない。https://sfumart.com/exhibition/5610/

 

<2016年6月21日の日記から>

フランスに無事荷物が到着。写真は無事事務局に届いた。やれやれ。これで一安心。

先週金曜日に『日本カメラ』、月曜日は『写ガール』のコンテストの審査だった。『日本カメラ』は8年ぶり3度目の年間審査、『写ガール』は3年ほど続けてやっている。『日本カメラ』は全て一人で見なくてはならず、編集者もいない小部屋で黙々と1000枚近い写真を見ていく。見るのはいくらでも見るが、その後の講評がまた大変。8年前の同誌の審査で「良い写真とは何か?」と結構深刻に悩んでしまった。これが金賞でこれは銀賞という判断基準がわからなくなったのだ。なので『写ガール』では話をもらった時に、毎回ゲストを呼んでもらうことを編集部にお願いした。前号は飯沢耕太郎さん、今月号は「Blitz」ギャラリーの福川芳郎さんがお相手だった。毎回自分の選んだものと、ゲストが選んだものを前に「なぜこれを選んだか」を説明しあう。写真家の大橋愛さんとやった時は お互い10枚づつ選んで見事に1枚もかぶらなかった。そうなると、どれを入賞にするかプレゼンしあうことになる。毎回暫定的に順位を決めて話をしていくのだが、順位はどんどん変わっていく。たくさん話ができた写真は上位に、良い写真だとは思うが、お互い話が弾まない写真は下位になる。良い写真の定義のひとつとして「論争がおきるもの」と考えている。話す要素が多ければ多いほど面白いということになる。反対に美しい写真は、美しいことしか話す要素がないので面白さにかけることになる。「美しい写真だよね」と言ったきり次の言葉が出てこないのだ。これではつまらない。審査を続ける中で、美しいということには注意が必要なんだと理解できた。今回は福川さんが押すポイントが鋭くて、最初は自分は選ばなかった写真がどんどん面白く見えてきた。福川さんはギャラリストというのは「見立て」をする人だと言っていた。提示があることで写真の見え方は変わる。誰が見立てるかはもちろん重要だ。審査は「良い写真とはなにか」の考えをアップデートするきっかけになっている。