川内倫子写真集を読む『AILA 』(アイーラ)編

 

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今回は写真家の川内倫子さんです。

彼女の写真は短い言葉では語れないところがありますが、写真集『AILA』から川内倫子さんの写真を見ていきたいと思います。

 

この写真集は、2004年にリトル・モアから出版されていて、その後、同じものがFOIL(フォイル)から出ていますが、どちらも現在は絶版のようです。そして『AILA』は、両社を立ち上げた竹井正和さんのプロデュースになっています。

 

彼女の写真の特徴として、まずひとつは、ローライフレックスを使った真四角の写真であり、ネガカラーを使ったプリントだということが上げられます。

 

川内さんは、間違いなくいまもっとも注目されている写真家ですが、日本だけではなく、世界が注目しています。むしろ、海外での評価が高いと感じています。

 

僕は、海外の作家やキュレーターに会う機会があると、必ず「日本の写真家だと誰が好き?」と質問をします。

すると、10年前までは荒木経惟さんや森山大道さんの名が挙がることが多かったのですが、最近では深瀬昌久さんの話をする人が増えてきました。

 

そこで「若手では?」と重ねて尋ねると、「ナオヤがいい」と返ってきます。そう、畠山直哉さんですね。その他にもいろいろな写真家の名前が出てきますが、唯一、誰の話からも必ず出てくるのが、川内倫子さんです。

 

僕自身、ヨーロッパ系、特にフランスの写真家に知人が多いのですが、彼らはうっとりしたような口ぶりで「リンコはいい、リンコはいい」と言ってきます。

フランスのアルルに国立の写真学校(国立ですよ!)があるのですが、一時期そこの卒業制作が皆、「川内倫子のようになった」と言っていました。

 

写真家はもちろん、キュレーターも大絶賛で、中には「私は彼女のプリントを購入した」という人までいました。

古本屋のオヤジまでもが、僕が日本人だと分かると、「リンコの写真集はよく売れるんだ」と彼女の話を始めます。

僕は当初、あまりの“リンコ、リンコ”の大合唱に少々面食らっていました。

 

川内さんは、2002年に木村伊兵衛賞を受賞しますが、そのときの国内の印象はというと、さほど大きな衝撃ではありませんでした。「ネガカラーを使って、何か雰囲気のある写真を撮っている人」と捉えていたように思います。

 

しかし、川内さんの写真は早い時期からヨーロッパでの評価が高くて、僕は「リンコ、リンコ」と語る彼らに、「いったいどこがそんなに好きなの?」と聞いてみたくなったのです。

 

「ポエティック」「ミステリアス」という意見もあるのですが、それより多くの人が「言葉では語れない」とか「短い言葉では彼女の魅了を表せない」と言っていました。

そして頻繁に耳にしたのが、「彼女の写真はすばらしいコンポジションだ」というものでした。

 

「それは1枚の写真に対して言っているの?」と聞き返すと「もちろんそれもあるけど、写真集のコンポジション、構成がすごくいい」と言うんです。

どうやら彼らは、川内さんの写真を1枚で見るのではなくて、写真集として見ていて、こちらの方に強く惹かれる何かがあるようでした。

 

2020年現在、世界中で写真集の価値がとても高くなってきましたが、2000年ぐらいまでは、欧米の写真集は、どちらかというと、ギャラリーや美術館が出している「レゾネ」と呼ばれるカタログなようなものが多く、写真集はそんなに大きなウエイトを占めていませんでした。

作家の評価はギャラリーや写真館での展示でした。

 

意外かもしれませんが、日本はその逆で、写真集の評価が非常に高い。だから写真家は、展示よりも写真集を大事に考えています。日本は、多くの写真集が出版されている珍しい国です。これは、1960年代から続いている、ある意味、日本独自の写真における文化・歴史でもあります。

 

こうしたいわゆる、世界からは「ガラパゴス的」と言われる日本独自の写真集文化を欧米に紹介したのは、イギリスの写真家であり評論家のマーティン・パー。そして川内倫子の写真集を見いだして欧米に紹介したのもマーティン・パーです。

 

ここで少しだけ川内倫子さんのキャリアをご紹介します。

川内さんは1972年滋賀県生まれ。短期大学で写真ではなく、商業デザインの勉強をしています。

卒業後、関西の広告制作会社にカメラマンとして入社し、その後上京するとコマーシャルスタジオのアシスタントを3年経験しています。

 

1997年に「ひとつぼ展」(現在は「ワンウォール」)のグランプリをとります。そのときのタイトルが「うたたね」。

それは、そのまま最初の写真集のタイトルにもなっています。作品もやはりローライフレックスを使って撮られたネガカラーの写真でした。

 

2002年には木村伊兵衛賞を受賞し、パリ・カルチェ財団美術館での個展やアメリカの「アパチャー」から写真集が出るなど国際的な活躍が続いています。

 

そして2009年にはニューヨーク写真センター“ICP”のインフィニティアワードで新人賞を受賞しています。

 

2012年には、東京都写真美術館で大規模な個展「照度 あめつち 影を見る」を開催しました。これは見に行った方もいると思いますが、開館以来もっとも入場者数が多い展示となりました。最終日には人が入りすぎて、たいへんなことになったそうです。

 

川内さんは、ネガカラーで撮影して、自分でカラープリントをつくっていますが、このカラープリントが個人で手軽にできるようになったのは、1990年くらいからです。これは、自動現像機、ラッキーのCPという機種なんですが、それが普及したことによります。

1995年ぐらいから、ネガカラーの性能が一気にあがって、色の再現性がとてもよくなったというのも一因だと思います。2000年近くになると、ファッション写真を中心に多くのカメラマンが使うようになります。

 

それ以前のネガカラーのプリントというのは、ちょっと濁った感じがありました。前述した川内さんの「ひとつぼ展」のときの写真をみると、ちょっと黄色味が強く、濁った感じを受けます。これはフィルムのせいもあるんですが、彼女はその当時、自動現像機を使っていないので、暗室にバットを並べて手現像していたせいだと思われます。バット現像は、温度管理が難しいんです。

 

川内さんの「ひとつぼ展」での受賞作を見たときの僕の最初の印象は、「うまい人だなあ」という感じでした。

その後、彼女の名前はコマーシャルの世界でよく耳にするようになります。

「ひとつぼ展」の審査員だったアートディレクターの浅葉克己さんと多くの仕事をしていたのを覚えています。超売れっ子カメラマンでした。

 

これは浅葉さんとではなかったかもしれませんが、たしか「ポカリスエット」のCMも撮っていたような覚えがあります。

 

ところが、彼女が木村伊兵衛賞を受賞した写真集「うたたね」と「花火」を見ると、僕が最初に感じた“うまさ”が消えていました。

 

これはとても重要なポイントだと思うんですが、彼女は一度キャリアをリセットしています。大学で商業デザインを勉強して、カメラマンのアシスタントを経験し、広告制作会社でカメラマンとして仕事を始め、その分野で活躍していたにも関わらず、それまで得てきたテクニックやキャリアといったものをあっさり捨てているんです。

 

これは簡単にできることじゃないはずです。なぜなら、川内さんは仕事としてカメラマンという職業を選んで、決して短くない下積みを経験して成功したわけですから。それを手放してしまう理由は見当たらない。それでも彼女は写真を使った表現者になろうとしたということです。

 

これはなかなは捨てられるものではないんです。カメラマンとして、手に入れた上手さやテクニックを捨てるのは非常に難しい。

 

実は、これは森山大道や荒木経惟にも同じことが言えます。

森山さんは細江英公のアシストとして当時最高のテクニックを習得していたはずです。特に暗室でもプリントは相当上手かったと聞いています。

細江英公の初期の傑作である三島由紀夫をモデルにした「薔薇刑」のプリントを最初にしていたのは森山さんだったそうです。

 

荒木さんも電通の写真部に7年も在籍し、毎日毎日広告写真と関わっていたわけです。間違いなく上手くなります。でも、ふたりとも写真を使った表現者になろうとしたときにその“上手さ”を捨てています。

 

写真とは不思議なもので、表現として考える場合は“上手さ”は足かせになることが多いと僕は考えています。残酷ですが、単純に上手さを積み重ねても写真の表現の中で評価されることはないんです。写真は「経験が邪魔をする唯一の表現」だとも言われています。

 

そして矛盾した言い方になりますが、この“上手さ”がなければ、それを捨てることもできない。

川内倫子さんは、表現者になろうとしたときに、その“上手さ”を捨てた。

 

彼女が木村伊兵衛賞を受賞したときには、先ほど言ったように、「流行りのネガカラーを使って、雰囲気のある写真を撮っている人」といった認識だったわけですが、でもそうじゃなかったわけです。

 

 ここで写真集『AILA』を見ていきます。この写真集は日常的な風景の他に、誕生のシーンがたくさん納められています。

リトル・モア版ではなくて、フォイル版の表紙では、いま正に卵が孵ろうとしている瞬間の写真が使われています。

 

その他にも、生まれたての雛や子牛、人間の出産シーンも入っています。そしてそれと呼応するように、死を感じさせるようなイメージも散りばめられています。それは単純に死を扱ったものではないけれど、あきらかにそれを意識させるものがたくさんある。

 

初期作『うたたね』にもそうした要素が入っているんですが、『AILA 』はそれがより色濃くなっています。

「アパチャー」から出版された写真集『ILMINANS』 になると、非常に洗練されていて、川内さんの代表作ともいえるものですが、僕は『AILA』のほうが生と死ということを強く感じさせてくれるので、見ていて面白いと感じます。

 

そして、この写真集の構成には大きな特徴があります。それは写真1枚1枚ではなく、見開きをひとつの単位にして考えていることです。

写真集だから当たり前だと思うかもしれませんが、よく見てください。見開きで使われている2枚の写真には、あきらかな共通点が見つかるはずです。

 

それは形であったり、質感であったり、とても単純なものです。見開きに使われている2枚の写真には、言葉を利用した概念としての結びつきではなくて、単純な触感的なものとして並べられています。2枚の写真の中には、何か言語的なストーリーがあるわけではないんです。

 

よく、「写真集にはストーリーがあって、作者はそのストーリーに沿って物事を伝えようとしているから、そのストーリーをくみ取る」ということが言われますが、この写真集はそうではないようです。

 

単純に形と質感。

でもそれが実にたくみに組み合わされているのが分かります。

 

たとえば、「生まれたてのヒヨコと子牛」とか、「女性の太ももと蛇」とか、この写真の組み合わせは本当にすごい。ちょっと考えつかないことをやっています。

 

川内さんは、撮影を「狩猟」、編集作業を「料理」に例えています。もともと写真を撮る行為を、英語では“SHOOT”というくらいですから、身体性が必要なわけです。

 

そして編集作業では、「なぜこの写真を撮ったのか」ということを考え続ける。これは哲学的要素が含まれてきます。

 

川内さんは、日常的な具象を撮っているんですが、それにも関わらず、編集作業では、それが抽象化してくるのがわかります。

 

彼女の作品でずっと一貫しているのは、意識と無意識の狭間。

まさに“うたた寝”の状態ですよね。うたた寝というのは、熟睡しているときと覚醒しているときの間の状態ですよね。これを表現しようとしているんだと思います。そこに欧米においての反近代、反文明の要素が見えてきます。

そしてそこが、欧米の写真関係者方たちが好きな理由なのかもしれません。川内倫子さんの写真の面白さもここにあると感じます。

 

僕は、前述した東京都写真美術館で行われた彼女の個展を見に行って、衝撃的を受けたことをいまでも覚えています。それは写真ではなく、同時に流されていた動画を見てのことです。

並べられた2面のスクリーン上に、ワンシーン数秒の動画が、なんのナレーションも、テロップもないまま流れていました。

 

20分くらい経ったとき、僕はあることに気がつきました。

 最初は、2面で別々の動画が流されていると思ったのですが、実は時間差をおいて同じものが上映されていたんです。そのため不思議な既視感を覚えてくるんです。当然ですよね。同じものをもう一度、数分後にみていたわけですから。僕は40分程のその動画をずっとみていました。

 

そして衝撃的と言ったのは、展示されている写真とまったく同じシーンが動画でも撮られていたことです。

 

つまり彼女は、目の前のものが面白そうだからローライでちょっと撮ってみたというわけではないんです。撮影の順番としては、気になるシーンに遭遇したので、まずはビデオカメラを取り出し、三脚に据え、構図を決め、録画ボタンを押す。そしてようやくローライフレックスを構え、被写体を撮るということになるわけです。

 

つまり、写真とまったく同じシーンを動画で流すということは、写真を撮ることよりも動画を優先しないとできないことです。

川内さんはこれを初めからずっとやっていたんだと思います。なぜなら、初期の写真集で見た、様々なカットが、その動画に出てきていたからです。これに気がついたとき、僕は軽いめまいを覚えました。

 

動画を見るとよくわかりますが、彼女はキラキラしたものを追っています。フレアーやゴーストが出ようが、お構いなしで逆光でもキラキラしたものを追い求めています。

 

これは、静止画の写真より動画のほうがキラキラ感ははっきり出てきます。もしかして川内さんは、写真よりも動画の人なのかもしれません。

 

そのときの展示の最終ブースでは、正方形のフォーマットではなく、大型カメラのシノゴを使った作品が展示されていました。これは、「あめつち」と名付けられたもので、熊本の野焼きを撮ったものです。

 

『AILA』を見るとわかりますが、この写真集では、被写体までの距離はだいたい1メートル前後のものが圧倒的に多い。ピントがいちばん奥、無限遠で撮られているものは、極端に少ないです。

 

しかし『あめつち』のシリーズでは、ほとんどが無限遠でピントが合っています。この話は、またどこかでやりたいと思いますが、フォーマットと撮影距離には、密接な関係性が隠されています。

 

写真家がフォーマットを変えるということは、「世界をみるスタンスを変える」ということに等しいんです。「私は世界をこの距離で見る」ということを、フォーマットで変えているといってもいいぐらいです。

だから撮影後にトリミングして整えるということではないんです。

 

いまでも写真家がフィルムカメラを大きな理由のひとつとして、この“フォーマットを選べる”ということがあると思います。

 

僕は、川内倫子さんの作品を初期から見ているのですが、重要なキーワードとして、やっぱり、初期写真集のタイトルに使われた“うたた寝”にあると思っています。

“うたた寝”という意識と無意識の間、現実と夢の狭間のようなものを川内さんは撮ろうとしているんではないかと。

 

彼女がインタビューのなかで、「夢をみた。その夢の中で見たシーンがテレビに出てきた。それはどこだろうと思って調べたら、熊本の野焼きだった。だから撮りに行く」ということを語っていました。

 

“うたた寝”は、川内さんの写真を見るときの重要なキーワードになるのではないかと思っています。