鉄板焼きそば。ジャガイモとトマトのスープ。

バング&オルフセン社会長の撮影。オーディオファンならなじみのある名前だろう。

ホテルのスィートルームがインタビューと撮影のために用意されていた。窓からは間近に東京駅が見える。1面すべて、10メートルくらいはある窓だ。室内の明かりを全て消して自然光だけを使うことにする。

会長は彫りの深く、あご鬚をたくわえた映画スターのような顔つきだ。仕立てのいい背広の下には、がっちりした体躯。申し分のない容姿だ。欧米の実業家は往々して見ほれてしまう。特に創業社長の2代目3代目あたりに恰好のいい人が多い。

インタビューをしている最中にセッティングをする、といってもライトは使わないから立ち位置を決めるだけ。アシTをダミーに光の感じをつかむ。ポートレート撮影では、セッティングにモデルのダミーが必ず必要になる。

部屋中、光のいい所を探しては立たせ、ポラを切っていく。あっちもこっちも撮ることはできないから慎重に場所を決める。メインはバックが暗く落ち込んでいるところにする。大事なのは真っ黒ではなくトーンが残っている黒ということだ。

インタビューが終わり撮影時間となる。つたない英語で立ち位置を伝え、体の向きやポーズをつける。通訳を通すとまどろっこしいので、なるだけ身振り手振りでもいいから自分で伝えるようにしている。

撮影が始まるとハッセルやペンタックスをとっかえひっかえ使い、合間にデジカメで露出を確認する。「いったい何台カメラを持ってきているんだい?」と呆れられる。「シックス!」「もしかして全部使うつもりかね?」「オフコース!」

窓際に場所を移し2カット目。カーテンをバックにシルエットで顔のアップ。眼鏡とあご髭だけがディティールを持つ露出にする。ハッセルの120ミリを使いどんどんアップに寄っていく。

2-ロール24枚を撮りきり終了。ガッチリ握手を交わして別れた。うまくいった撮影のあとは共犯者のような気持ちになれる。2カットでモノクロトライXを5本使用。レンズはハッセル、ペンタックスとも120ミリだった。