62歳のprana

朝=カツ煮と蕎麦のセット/夜=居酒屋

オンライン「美術史講座」第7期の募集を開始した。週末にはプレ講座を行います。

無料プレ講座申し込み先 https://form.run/@yahoo-1679640561

7期美術史講座 詳細 https://satorw.hatenadiary.com/archive/2023/03/27

「もう対面ワークショップはやらないのですか」と聞かれることがあるのだけど、今はまだオンラインの講座が中心。でも年に一度はやりたいと思っていて、5月とか季節のいい時はどうかなと考えている。

日曜日に62歳となった。61歳で亡くなった父親よりも歳を重ねた。そのせいか今はおまけの人生で、死ぬ間際に神様が「一度だけ62歳の頃に戻してあげる」と言って人生を巻き戻してくれたと思うことにした。その誕生日、たまたまグループ展の打ち合わせがあったので、そのまま居酒屋に流れた。こんなの3年ぶりだな。

土曜日は映画館に『シン仮面ライダー』を見入った。庵野監督は僕と同い年。『シンゴジラ』『シンエヴァンゲリオン』『シンウルトラマン』、そして『シン仮面ライダー』と見続けてきて、その中に出てくる死生観にある共通のものを感じる。『シン仮面ライダー』の劇中に「prana(プラーナ)」というセリフが頻繁に出てくる。これはサンスクリット語でエネルギーを指す言葉だ。ちなみに僕は2012年に『prana』という写真集作っている。生きているってことはpranaがある状態で、それがなくなった時が寿命なわけだ。

昨日、今年高校生になる知り合いの女の子が我が家のネコに会いにやってきた。15歳のpranaに色があるとしたら間違いなく金色なんだろうな。そして62歳の僕のpranaは、青白くチロチロと燃えている。

<2022年3月36日の日記から>

誕生日だったので朝と夜に白米。美味しすぎる。水曜日と週末の計3日間は夕方5時半過ぎに夕ご飯を食べるのが習慣になってしまった。お酒も飲まないし、量も少なめ。最近は白米を食べると眠くなるので玄米中心になっていたけど、やっぱり白いご飯は美味しい。61歳の誕生日の朝に玄関先にAmazonから荷物が届いていた。昨夜注文したSONYのマウントアダプター。ライカ用とヤシカコンタックス用のふたつ。ずっとカートの中に入っていたけど、誕生日なので注文した。以前使っていたKIPONはガタガタしていたが、今回注文したK&Fはかなりしっかりしていた。ふたつ合わせても9千円しなかった。電子接点とかないから安いんだろうが、ものはいい。さっそくライカのレンズをつけたりヤシカコンタックスのレンズをつけて遊ぶ61歳。ぜんぜん大人になっていない。2Bがなくなって、生活がガラッと変わってしまってどうしようか悩んでいる時に、追い討ちをかけられたように視力が落ち、さすがに落ち込んだ時期があったけど、そこから意識を変えることができて、今では幸せに生きている。「幸せ」って言えるのは、もしかして人生で初めてのことかもしれない。楽しいことはたくさんあったけど、いつもどこか不安があった。今は違う。朝、娘から「誕生日のおめでとう」とLINEがあった。返信は「ありがとう、61歳になりました。とても幸せです」

 <2016年3月26日の日記から>

香港ブックフェア最終日。前日までとはうって変わっての大賑わい。各社の写真集がどんどん売れていた。夕方から終了の7時までは熱気がすごかった。昨日までと大きく違ったのは、ただ見に来ただけというより、買いに来たという人が多かったこと。会場の雰囲気がまるで違う。僕は、来る前に体調を崩し荷物を整理した関係で『travese』2冊、『da.gadita』3冊、『prana』5冊の計10冊しか持って行けなかった。昨年は13冊完売だったため、足りないかと思ったがヘロヘロの体力ではこれが限界。しかし実は2日間で2冊しか売れなかったため、帰りの荷物の心配をし始めていたところだった。ところが最終日早々に『traverse』が建築家に売れると次々と売れ始め、4時には全て完売してしまった。4時から7時までの、もっとも盛況だった時間帯には何もすることがなくなってしまった。ブースにいてもじゃまになるので会場をウロウロ。減った分の荷物スペースを再度埋めるように他の写真集を物色。結局10冊売って5冊購入。もっと売れたかなという感じだったが、2年連続売り切れは気持ちがいい(笑)。打ち上げは火鍋屋だった。今回は何を食べてを大当たりだった。10冊や20冊売ったところで、まったく儲けはでないのだが、手売りするのは面白い。しかも20社近い出版社が集まっているから、各社の写真集を解説付きで見ることができる。知らず知らずのうちに染み付いた「写真集ってこういうもんだよね」という思い込みがなくなっていく。販売に行っているのだが、半分は仕入れに行っているようなものだ。3月26日は僕の55歳の誕生日だった。異国で迎えるのは初めてかもしれない。香港出身でニューヨークに住んでいる友人が里帰りをしていて、僕を家族のお祝いの席に招いてくれた。92歳のお母さんをはじめ、10人以上の家族が集まっての会食に混ぜてもらい、僕の誕生日も祝ってもらった。激動のファミリーヒストリーを聞きながら、次々と運ばれてくる料理を食べ続ける。けっこうお腹いっぱいになったなと思っていたら「これで半分よ」と言われて驚いた。香港の人はよく食べる、よく飲む、よく話す、よく笑う。桃の形をした饅頭が中国のバースデーケーキだと、わざわざ用意してくれた。異国でお祝いしてもらった忘れがたい誕生日となった。