クリスティーネ

朝=ネギ肉ソーメン/夜=豚の角煮丼、ポテトサラダ

週末が過ぎて月曜日の午前中が一番のんびりできる。でもゴロゴロしていてもなんだか落ち着かないので、2B Channnelの動画を1本収録。フォーマットを決めて話すだけなので、割と簡単に作ることができる。1時間で原稿を書いて、リハーサルを1回、そこから本番収録。すぐに編集してアップ。3時間くらいで全て終えることができるようになった。内容は「カメラマンと写真家」というオーソドックスな物だけど、こういうものは意外と見てもらえる。たまにコメントで説教されることもあるけど、それもちょっと面白い。

午後から、東銀座の銀一cocoギャラリーに野口智弘さんの写真展「川風」を見にいく。写真集も出ていて触り心地がいいなあと思っていたら、ヴァンヌーボーだった。写真集好きにはたまらない紙なのだ。即購入。多摩川のほとりにテーブル出しておじさんが集まって飲んでいる写真があって心から「いいなあ」と思ってしまった。

銀座から中野坂上に出て写真大ギャラリーへ。古屋誠一写真展「第一章 妻 1978.2-1981.11」。工芸大が今年364枚のオリジナルプリントをコレクションし、それを展示していた。これは大変なものを見てしまった。ちょどギャラリーに誰もいなかったので、椅子を写真の前まで引っ張ってきてずっと見ていた。1枚目、1978年のクリスティーネは少女だった。くったくのない笑顔を古谷さんに見せている。そして最後は1980年、彼女は妊娠してお腹が大きくなっている。表情が固い。もしかしたらそういうカットを古谷さんが選んでいるのかもしれない。それはわからない。今回は第一章で続きがある。見るのが怖い。けれど見てしまうだろう。結末を知っているから、そこへカウントダウンされていく過程。何度も見ているのに目が離せない。https://sfumart.com/exhibition/5610/

 

<2016年6月21日の日記から>

フランスに無事荷物が到着。写真は無事事務局に届いた。やれやれ。これで一安心。

先週金曜日に『日本カメラ』、月曜日は『写ガール』のコンテストの審査だった。『日本カメラ』は8年ぶり3度目の年間審査、『写ガール』は3年ほど続けてやっている。『日本カメラ』は全て一人で見なくてはならず、編集者もいない小部屋で黙々と1000枚近い写真を見ていく。見るのはいくらでも見るが、その後の講評がまた大変。8年前の同誌の審査で「良い写真とは何か?」と結構深刻に悩んでしまった。これが金賞でこれは銀賞という判断基準がわからなくなったのだ。なので『写ガール』では話をもらった時に、毎回ゲストを呼んでもらうことを編集部にお願いした。前号は飯沢耕太郎さん、今月号は「Blitz」ギャラリーの福川芳郎さんがお相手だった。毎回自分の選んだものと、ゲストが選んだものを前に「なぜこれを選んだか」を説明しあう。写真家の大橋愛さんとやった時は お互い10枚づつ選んで見事に1枚もかぶらなかった。そうなると、どれを入賞にするかプレゼンしあうことになる。毎回暫定的に順位を決めて話をしていくのだが、順位はどんどん変わっていく。たくさん話ができた写真は上位に、良い写真だとは思うが、お互い話が弾まない写真は下位になる。良い写真の定義のひとつとして「論争がおきるもの」と考えている。話す要素が多ければ多いほど面白いということになる。反対に美しい写真は、美しいことしか話す要素がないので面白さにかけることになる。「美しい写真だよね」と言ったきり次の言葉が出てこないのだ。これではつまらない。審査を続ける中で、美しいということには注意が必要なんだと理解できた。今回は福川さんが押すポイントが鋭くて、最初は自分は選ばなかった写真がどんどん面白く見えてきた。福川さんはギャラリストというのは「見立て」をする人だと言っていた。提示があることで写真の見え方は変わる。誰が見立てるかはもちろん重要だ。審査は「良い写真とはなにか」の考えをアップデートするきっかけになっている。