合言葉は「いつも2B Channnel見てます」

朝=鳥うどん/おやつ=煎餅、クルミ/夜=晩柑サラダ、ポテト、野菜とほたるイカのオリーブ炒め、餃子、シュウマイ、ヒジキごはん、トマトと卵のスープ

ギャラリーに入ってくるお客さんの中には、最初からなんとなく緊張している人がいる。僕を見つけるとソワソワしているのが伝わってくる。twitterに「今日のお客さんのカメラ」というのを毎日上げているせいか「あの、これ」と言ってカメラを差し出される。午前中はペンタックス645Zとハッセルブラッド907X、午後にはフィルムライカが3台集結した。カメラを前に話し込んでいると、2B時代を追い出す。毎週毎週、買ったばかりのカメラを持ち寄っては大騒ぎをしていた。ギャラリー内でも露出の話とか、撮影の仕方とかミニミニワークショップが始まってしまう。

写真集を買ってくれた人には、その写真集について、簡単な説明をしている。たとえば『demain』の場合。「過去や未来は単に記憶の問題だけで、記憶をなくしてしまったら、過去と同時に未来も考えられなくなるんじゃないか」ということがこの写真集のベースにある。これは、僕の母親が徐々に記憶をなくしていき、ついには何も覚えられなくなったときから、「今度いつ来るの?」といった未来の話をすることがなくなり、目が合った瞬間に微笑むという「今」だけを生きている存在になった。その時の母には時間という存在もない。ただ一瞬を生きていた。僕はそのことに大きな衝撃を受け、そうした経験から『demain』が出来上がってた。

ほかにも、写真集を作る際の話をしますので、ギャラリーに来たら気軽に声をかけてください。合言葉は「いつも2B Channnel見てます」です(笑)。

 

<2010年5月20日の日記から>

お土産は米沢名物駅弁「牛肉ど真ん中」。米沢の町から車で15分のところに小野川温泉がある。どこかに泊まらなくても、公共の露天風呂や内風呂があり、宿でも300円で入浴できる。米沢に帰って友人に会うと「じゃあ、風呂でも」ということになる(笑)小野川温泉は源泉かけ流しの湯量豊富な温泉で肌がツルツルになる。久しぶりに米沢へ帰った。去年のお盆以来だから9ヶ月ぶりか。ずっと「冬になる前に帰ろう」「雪の時期に帰ろう」「春休みに帰ろう」「GWには帰ろう」と思っているうちに9ヶ月が過ぎた。帰ろうと思えば帰れないスケジュールじゃなかった。でもグズグズと延ばし延ばしにしてきた。怖かったのだ。もしかしたら母が自分を分からなくなっているんじゃないか? 母は一人暮らしができなくなり、昨年から介護アパートに入居している。昨日あったことはきれいさっぱり忘れるようになった。一瞬前のことすら思い出せない。デイサービスで外出する以外は一日部屋にこもるような生活を送っている。米沢に帰り、おそるおそる母の部屋のドアを開けた。ベッドに座っていた母が驚いたようにこっちを見ている。「あれ、まあ」。笑顔だった。「ずっと顔見せれなくて悪かったねえ」と謝ると「ほんと、いつ来るかいつ来るかと思ってたよ」。話は家族のことになった。母は孫のことだけはクリアに記憶している。そしてその心配ばかりしている。「元気に学校に行っているよ。もう高校2年生だよ」というとこぼれるような笑顔を見せた。そして何度も「皆は? 何で一緒じゃなかったの?」と繰り返す。翌日、上杉公園の中にある旧伯爵邸のレストランにお昼ご飯を食べにいった。母は食欲もあり、おいしそうにほぼすべての料理をたいらげた。「おいしかった、こんないいところがあったのねえ。初めて来た」と喜んでくれた。でもそこは毎回米沢に帰るたびに行っているレストランだった。「そうだね、おいしかったね。8月は皆で来よう」というとまた笑顔になった。母は記憶をなくしてから笑顔が増えたような気がする。記憶が抜け落ちてきた最初の頃は、母は自分のことを責めてばかりいた。それを見ているのは辛かった。今回、母の写真をたくさん撮った。その中には笑っている写真も入っている。帰り際、母は無口になった。エレベーターまで見送ってくれた母と握手をして別れた。その手の感触は、まるで自分の手を握っているようだった。