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ポートレートを撮っていると分かるが、自然なポーズは不自然なくらいの演出によって生まれるものだ。写真的に成立する状態においてのみ自然に見えるわけだから、立ち位置もポーズもそれに合わせなければならない。

外での撮影がひと段落し、暖をとろうと茶屋に向かった。ところが茶屋は閉まっている。「今朝電話したものですが」と扉を開けると「ホームでの物販はしているがお店はやっていない」とにべもない。

途方にくれてホームの待合室に向かう。そこは無人駅だから暖房も入っていない。寒さで震えてきそうだった。

そのとき新幹線の通る合図のチャイムが鳴った。土屋さんはホームに飛び出し、「ここ、ここに立って」と僕を促した。

新幹線は左側からやってくる。ということは体も左側を向けばいい。目線は顔がシャドーにならないようにちょっと上目で。持っているカメラは首からぶら下げないで、手に持って胸のちょっと下側に構える。

新幹線が僕の前を通る瞬間、土屋さんのシャッターが「カッシャン、カッシャン」と数回切れた。驚くほどスローなシャッター音だった。

土屋さんに聞いたら「2分の1秒くらいかな」と平然と言う。感度は?と聞けば「100」と答える。一脚を使っているとはいえ、なんで400にしないのか不思議でしょうがなかった。1DsMark3なら感度1600でも問題ないはずだ。

土屋さんは「2分の1秒が好きなんだよ。瞬間ではなくて時間を感じられるから」。眼からうろこが3枚ほど落ちた思いがした。

その時の写真が今回のCAPAに使われている。スローシャッターでぶれた新幹線は不思議な発光体となって僕を照らしている。まさに移動するレフ板のような絶妙な効果。

この効果は土屋さんも予想以上だと思うが、時間を写しとめたいと考える土屋さんにしか撮れない写真には間違いない。僕があの状態で撮るなら感度は16000にして30分の1秒のシャッタースピードを選択したことだろう。そしたらあの写真は生まれなかった。

寒さで震えていた我々を、もうひとつのお店が拾ってくれた。何もできないけど、と食事まで用意してくれたのだ。暖かい部屋で米沢の味を楽しむことができた。

2日間かけて撮影してもらうことなど今後の人生で考えつかない。第一線のプロの撮影を目前で見れるとても貴重な体験だった。