米沢はいい天気だった。
友人の車で山のほうへ。もっとも、どこ走っても山なんだけどね。彼が「大平温泉にいってみっか」と言う。どんどんと山の奥へ奥へ車を走らす。露天風呂で一汗かこうというのだ。
大平温泉は秘湯だということは知っていたが、まだ一度も行ったことはなかった。山頂の駐車場(というより車止め)から急勾配の下り坂を徒歩で下る。
四駆の車でも無理なくらいの坂。普段使わない太腿の裏の筋肉がきしむようだ。濃い緑の中、吹き出す汗をぬぐいながら下りていく。いつまでたっても宿は見えない。もうそろそろ限界、というあたりで川の音が大きくなった。
車止めから20分、最後のカーブを曲がると吊り橋の向うに赤い屋根の一軒宿が見えた。新緑の山に囲まれた宿はまさに秘湯中の秘湯。思わず二人揃って感嘆の声が出た。随分とあちこち行っているがここはかなり凄い立地だ。
川沿いの露天風呂に入ると目の前は雪解けの水が轟音を立てて流れる。その渓流では岩魚を釣る人がいるほど。山の緑は麓から一ヶ月遅れの新緑をたたえている。秋には山全体が紅葉に染まるだろう。
米沢に撮るようになって初めて米沢の懐の深さを知った。「なんにもない所だよ」と言っていたが、中々どうして初めて見る風景がまだまだ出てくる。
山に詳しい友人が言う。「この緑はな、雪がないとだめなんだ。ここから40キロ離れれば雪が降らない土地もある。でもそこには山菜も出ないし、緑の深さもない」
米沢を離れ、優秀な大学に入ったにも関わらず、彼は地元での就職を選んだ。そんな彼を僕は不満に思っていた。なんで米沢なんだ。お前ならいくらでも東京で成功できるだろうに。
25年たってようやく彼の選択が理解できた気がする。