30年前のアジアの島

朝=けんちんうどん/おやつ=果物いろいろ/夜=キャベツのお浸し、蒸し鶏と香味野菜のレモングラス炒め、大葉とニンニクの玄米チャーハン、豆腐と三つ葉のお汁

6日(金)からの写真展は、アジアの南の島を8年間巡ったものだ。僕がアジアの島に行くきっかけになったのは、1987年にひと月近く滞在したバリ島が素晴らしかったから。それで結婚した1990年に新婚旅行として3週間滞在したのだけど、たった3年しかたってなかった島が随分と変わってしまった気がした。その後、もしかしたら最初に行ったバリ島みたいな場所が、アジアのどこかにあるんじゃないかと思って、タイ、フィリピン、マレーシア、インドネシア、沖縄などに何度も足を運んだ。でも昔のバリ島のようなところなんてどこにもなくて、僕はただの幻想を追い求めていたようなものだった。安宿で外人のバックパッカーが同じことを言っていて、南の島をふらふらしている多くが昔のバリ島を探しているんだと分かった。

当時、島旅を続けていたときは、写真で作品を作るなんて大それたことは全く考えてなくて、ローライフレックス1台とモノクロフィルム20本だけしか持って行ってない。いま思えばいろいろ撮っておけばいいのに、いつも最初の3日間くらいはカメラを出すこともしないくらいだった。モノクロフィルムだったのは、単純にカラーフィルムを持っていくと、何か雑誌に使ってもらおうと邪な考えが出てくるので、誰も興味がない、発表の機会がないモノクロの南の島を撮ろうと思ったのだ。

そんな写真を初めて展示することになった。雑誌には何点か出しているし、写真集にもなっているが、展示はほとんどしたことがない。30年目のお披露目となる。

 

<2014年5月2日の日記から>

目の手術からもう一ヶ月。徐々によくなっている、といいたいところだが三歩進んで二歩下がるといったところ。まだ目は赤いまま。両目で見るとクラクラするので片目をつぶる癖がついてしまった。時間がたつと、注入してあるオイルが体液と混じりドレッシングのように白くなると説明を受けている。しかし、ある朝起きると右目の視界が真っ白になっていて何も見えなくなっていた。これにはかなり動揺した。どうやら寝ている間にオイルが固まったせいのようだ。しばらくたつと段々オイルが溶けて見えるようになってくる。何か問題が起きた時、起こった当初は割と冷静で受け入れられるものだが、徐々に問題が解決されてくると辛くなってくる。10年前がそうだった。昔の日記を読み返すと、その時々の精神状態があからさまなので、問題解決のための道筋が見えてくる気がしている。だから今回も書いておこうと思った。近頃ろくな夢を見ない。今日も溺れる夢で目が覚めた。寝たのにもかかわらずグッタリと疲れている。起き抜けにiPadでネットを見ていたら「みうらじゅん名言集」というのが出てきた。こういう人に私はなりたい。