なんで米沢へ行こうと思ったかというと、周りが「もう米沢を撮らないんですか」ということに反発している自分に反発したからなのだ。
ややこしいな(笑)
「はいそうですね」とは素直に言えないから、反発するようなことを言ったりしてしまうわけだが、それにさえ反発してしまおうということ。
すると元に戻るから言われたとおり米沢を撮るということになったのだ。それとアルル行きの計画が中止になったときに「これは国内だな」と思ったのも大きい。
米沢を撮ることを数年間やめていたのは『da.gasita』(2012年冬青社)以降、何を撮ってもその真似をしてしまうからだった。
これはやっていてうんざりする。枠組みから抜け出せないと自分で決めてしまっていたところがある。写真集は売り切ったところで大儲けできるわけでもないから、常に新しいことをやりたいというのが前提だ。
「旅するカメラ」は商業的にうまくいったので、そのフレームを使って8年間で4冊作ることができた。その構造体も時代の変化によって徐々に機能しなくなってくる。
『da.gasita』を出してからすでに5年たっている。その間に随分と世の中も変わったし、自分も変わってきた。
もしかしたら米沢を撮って新しいフレームを作ることができるかもしれない。これは直感だ。
列車で移動しながら、温泉に入りながら新しい本の形を考えていた。