demainとブリコラージュ

数日前からなんだかフラフラするので今日はじっと家にいることにした。この歳でのフラフラはよろしくない。運動機能や言語には問題ないし、痺れもない。でもなんか変。風邪でもでもないし。


さて毎週水曜日はギャラリーにお願いして夜9時まで開けてもらっている。

ギャラリートークということで、テーブルを囲んでdemain制作の経緯などを雑談のような形で話している。

今週25日も行います。事前予約は必要なし。7時半をめどに話しを始めます。

demainは目的やゴールの設定をあえてしていない。つまり順番に見ていかなくても構わない。ようするにバラバラ。

料理を作るのにレシピは無しで、冷蔵庫にあるものを探しだして調理しているのと同じだとギャラリーでは説明している。大事なのは素材(写真)の組み合わせ。素材だから出来合いのもの」=「他人の写真」でも使うことができる。

長ネギとタマネギ、どっちも好きだとしてもひとつの料理に両方入れることはしない。個性の強すぎる味のものは使いづらい。反対にキノコは単独ではパッとしないが、組み合わせるといい味を出す。

組み合わせで作るわけだから、かっちり決めなくてもいい。レシピ通り作るためには材料も手順も変えることはできない。

もうひとつ例えるならメーカーが車を作る場合、材料と手順は厳しく決められていて勝手に変更することはできない。しかし手作りで車を作るのであれば「間に合わせ」の材料で作ることも可能。不定形ゆえの強みだ。

da.gasitaは最初のページから順番にめくってもらうように作ってある。きわめて直線的な流れだ。セレクトは厳選してあり写真の順番を入れ替えることは不可能。それに比べdemainは組み換え自由だし、なんなら他の写真でもいい。事実、今回の展示ではプリントの入れ替えをしている。

demainは見るための手がかりはないから見る人は最初戸惑うと思うが、「こう見なさい」という指示があるわけではないから「今までで一番好きです」という声も多い。

レビイ=ストロースのことを調べているときにブリコラージュという考えが出てきた。これがまさにdemainの構成を説明するのにぴったりだった。