フランスに無事荷物が到着。写真は無事事務局に届いた。やれやれ。これで一安心。
先週金曜日に「日本カメラ」、月曜日は「写ガール」のコンテストの審査だった。
日本カメラは8年ぶり3度目の年間審査、写ガールは3年ほど続けてやっている。
「日本カメラ」は全て一人で見なくてはならず、編集者もいない小部屋で黙々と1000枚近い写真を見ていく。見るのはいくらでも見るが、その後の講評がまた大変。
8年前の日本カメラの審査で「良い写真とは何か?」と結構深刻に悩んでしまった。これが金賞でこれは銀賞という判断基準がわからなくなったのだ。
なので「写ガール」では話をもらった時に毎回ゲストを呼んでもらうことを編集部にお願いした。前号は飯沢耕太郎さん、今月号は「Blitz」ギャラリーの福川芳郎さんがお相手だった。
毎回自分の選んだものと、ゲストが選んだものを前に「なぜこれを選んだか」を説明しあう。
写真家の大橋愛さんとやった時は お互い10枚づつ選んで見事に1枚もかぶらなかった。そうなると、どれを入賞にするかプレゼンしあうことになる。
毎回暫定的に順位を決めて話をしていくのだが、順位はどんどん変わっていく。たくさん話ができた写真は上位に、良い写真だとは思うがお互い話が弾まない写真は下位になる。
良い写真の定義のひとつとして「論争がおきるもの」と考えている。話す要素が多ければ多いほど面白いということになる。
反対に美しい写真は、美しいことしか話す要素がないので面白さにかけることになる。「美しい写真だよね」と言ったきり次の言葉が出てこないのだ。これではつまらない。
審査を続ける中で美しいということには注意が必要なんだと理解できた。
今回は福川さんが押すポイントが鋭くて、最初は自分は選ばなかった写真がどんどん面白く見えてきた。
福川さんはギャラリストというのは「見立て」をする人だと言っていた。提示があることで写真の見え方は変わる。誰が見立てるかはもちろん重要だ。
審査は「良い写真とはなにか」と考えをアップデートするきっかけになっている。