浅草寺に鬼海弘雄はよく似合う。

ギャラリーへのプリント納品も終わり、今日は家にいることにした。

手始めにお土産にもらった「すがき屋」のインスタントラーメンを煮る。くれた人によると中部地方ソウルフードだという触れ込みだった。かつおダシふうみかな。いける。思うに近頃は街中のラーメンより、インスタントのほうがおいしいと思える。

次にストーブの上でお餅を焼く。上手に膨らんだ。炭水化物でお腹いっぱい。今日はこにままソファでゴロゴロ。


ワークショップの講座では浅草寺での撮影実習がある。街、ブツ、ポートレートと続けてきて浅草寺実習の頃になると、ほぼ露出計がなくとも撮影ができるようになっている。

浅草寺といえば写真家鬼海弘雄のホームグラウンド。40年以上境内の壁を使ってポートレートを撮り続けている。写真集「PERSONA」はワークショップで最初の講義で紹介していて、僕が尊敬している写真家のひとりだ。なにせ同じ山形の出だしね。

浅草寺に行くたびに鬼海さんはいないかなと探すが、今まで一度も会ったことがない。以前鬼海さんに会った時に「もう浅草寺では撮ってないの?」と聞いたら「まだ続けてるよ」と言っていたからいつか会えるだろうと期待していた。浅草寺の鬼海さんを是非見たい。

先週日曜日は晴れて良い天気だったものの、風が冷たい日だった。実習のため参道を歩いていると、ふいに「渡部さとるさんではないですか?」と声をかけられた。

振り返ると鬼海さんが立っていた。おおお!浅草寺鬼海弘雄だあ。

鬼海さんは「いやー、さとるさんみたいな人が歩いてくるから」と山形弁でニコニコしている。一緒にいたワークショップの人達は若干硬直気味だ(笑)無理もない、じつこの実習、「PERSONA」の壁を探してポートレートを撮るという意味もあったのだから。

鬼海さんは最近までインドに行っていて久しぶりに浅草寺に来たのだとか。インドはカルカッタからベナレスへ一ヶ月かけて回ったそうだ。僕はニヤッと「で、何本撮ったの?」と聞くと「27本!今回は頑張った」。

以前聞いたときには半年インドにいて、やっぱり27本くらいしかとらなかったと言っていた。あまりの少なさにびっくりしたものだ。インドだったら1日で撮れそうだが、鬼海さんは本当に大事だと思ったものしか撮らない主義なのだ。だから今回はかなり手ごたえがあったんだろう。

鬼海さんがどのくらいシャッターを切らないかというと、ある時僕の持っていたカメラを興味深そうに触っていたから「フィルム入ってるけどシャッター押してもいいですよ」と声をかけた。

すると「ダメです。こんなところで無駄なシャッターを切ったらもったいない。人生で押せる回数は決まっているんです」と毅然と言い放った

冗談なんかではなく、鬼海さんは本気でそう思っているみたいだった。パリで偶然会った時も、カメラは持ってきてないと言っていた。撮るべきものがない時はシャッターを押さない人なのだ。

さてせっかくの機会だからと、鬼海さんに「PERSONA」壁に立ってもらってポートレートを皆で撮らせてもらった。ローライ持ってくればよかった。

その壁の前でデジタルのモノクロモードで鬼海さんを撮ると「浅草寺に40年通っているという男」というタイトルのポートレートができた。

本当にマジックのような光が入る壁だった。