もし、今回スンバワへ行かなかったとしたら、足を痛めてイライラしただけの12日間になっていただろう。
スンバワはよかった。
昔のバリのような文化の成熟の上になりたっている心地よさではなく、滲み出る人の良さというか。
バリ島がいかに特別なのかは、他の島へ行くとよくわかる。インドネシアは「千の島から成り立つ国」と言われるほど島が多い。そのなかでもバリ島は唯一無二の島なのだ。
他の島の緑は褪せた色をしていて、どこか埃っぽい。気温の寒暖差が激しいところも多く乾燥気候だ。バリだけが緑が濃く、空気は澄み、豊かな土地だということがはっきりわかる。
インドネシアにおいてバリは独自の宗教観を持つバリヒンドゥを信仰している。スンバワはイスラム教の島だ。それほど厳格ではないが食堂にお酒は置いていない。イスラム教は過酷な土地に根付いていることが多い気がする。
一言で言ってしまえば貧乏な島だ。高床作りの家は簡素で傾いているのも多い。農業が基本で観光地はほぼないと考えていい。景勝地などないし、ホテルも限られている(唯一アマンリゾートがモヨ島にあるが、離島の隔絶した場所だ)。それゆえ観光客はかなり珍しい存在になる。島伝いに移動している欧米人くらいなのもでバリに多い中国人も日本人も見かけることはなかった。
観光客が少ないということは、観光客を食い物にするものは存在しないということになる。
今回スンバワではどこへ行っても僕らを歓待してくれた。目が合えば微笑んでくれるし、結婚式が行われていれば席を作ってご飯の用意をしてくれる。山の中の小学校に行けば学校中の子供が授業中に関わらず出てきて、雨が降れば止むまで先生が相手をしてくれる。
たまたま田植えをお祝いする水牛レースにも出くわした。水田の中を水牛を走らせるレースだ。地元の人のためのお祭りなのに、混んでいる中一番いい場所を譲ってくれる。
最終日、泊っていたホテル近くを散歩していると「こっちの路地を入ると住宅街があるよ」と教えてくれた。「入っていいの?」と聞くと「どうぞどうぞ」。
そこはあんまり上等とはいいがたい、普通に考えればスラムに近いところだった。妻と一緒に入るのはどんなものかと一瞬ためらいもあった。ところが歩いていると我々に向けられる人々の目がやさしい。
カメラを提げて歩いていると「この子を撮って」と母親が言ってくる。1歳くらいの赤ちゃんが裸んぼうでテーブルの上に座っている。撮ってあげると「ありがとう」と満面の笑みを浮かべた。それでお金をよこせとか、写真をくれとかは一切ない。
どこへ行っても写真を撮らせてもらって「テリマカシ」(ありがとう)というと、かならず「サマサマ」(どういたしまして)と返してくれる。「バギ」(おはよう)と声をかけると「バギ」と返ってくる。必ずだ。こっちは見知らぬ外国人だよ。
なんだかもうショックだった。25年の間、様々な裏通りを歩いてきた。それがどこであっても緊張感は常にある。ここでは今まで味わったことのない開放感を感じた。こんなところが未だにあるなんて。
たしかにゴミだらけで清潔とはいいがたいし、その中で暮らしていくのは大変なことだと思うが、それが顔に出ていない。穏やかな顔だ。
人間辛いことばかりだと必ずそれは顔に刻まれる。これはあらがえないものだ。40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持てと言われる所以だ。生き方は顔に出る。
ということはスンバワの人は穏やかに暮らしているのだ。
「あのときのスンバワはよかった」
何十年たっても妻とこの旅の話をするときにこう言うだろう。