インスタントラーメンとおにぎり

フェーズワンP20の撮影データをEye-Fi出飛ばすことはできなかった。

あたりまえだ、P20はRAWデータしか記録できないのだから、飛ばしたところでiphoneで読み込めるわけがない。

ノートブックで受けてRAW現像ソフトのキャプチャーワンで処理すれば可能かもしれないな。

Eye-Fiにはwifiのルーターが必要になる。外で使う場合はポケットwifiを持っていなければならない。

4000円のカード1枚を買ったことで出費が増えそうな気配だ。

転送速度を考えると時際に仕事で使うのは無理がありそうな気がしてくる。面白いことは面白いのだが。


アシIこと、泉大悟が8月いっぱいで2年間のアシスタント生活から卒業。土曜日には盛大な壮行会を開いてもらっていた。

前のアシスタントだった古川が出た後1年間は専属ではなくて、助っ人でその都度色々な人に手伝ってもらっていた。海外での撮影も多かった頃なのでまったく不便は感じす、一人でやっていこうと思っていた。

僕はフリーになった時に何の経験もなかったから、一人では何もできず、すぐに僕より経験のあるアシスタントをつけて仕事を始めた。その後は写真学科の学生にお願いし、1年たったらまた次を紹介してもらうという形で数年間仕事をして、その後30歳の頃から専属アシスタントを頼むようになった。機材が多かったし、フィルムの管理などとても一人ではできなかったためだ。

それが2005年の暮れにEOS5Dが出ると、極端に機材の量が減ってきた。データなので管理も楽になった。5DMark2が出ると、ついに仕事でフィルムを使うことはなくなってしまった。

泉がアシスタントになりたいと言ってきたときには、年齢も30歳ということもあって一度は断ったのだが、中国語をネイティブ並みに話せると聞いて、何の経験もなかった彼だがアシスタントを頼んでみることにした。

大人になってから外国語をネイティブ並みに習得するということは、センス以外にかなりの努力を伴うものだということは容易に想像できる。何かを習得できた経験は、写真の場合にも通じる気がする。それに彼の社会人としての今までの経験が自分の仕事にも役に立ってくれるのではないかと思えたのだ。

僕の仕事の質が徐々に変わってきて彼には満足な経験をさせることができなかった。しかしその分作品作りとしては、わずか1年半でニコンサロンのユーナで個展を開くことができるまでになった。そして彼のカメラマンとしてのスタートを応援してくれる人がたくさんできた。

9月10日に発売される「旅するカメラ4」の表紙から中ページのカメラのブツ撮りはすべて泉にまかせた。注文は「かっこよくな」の一言だけ。彼はその注文にこたえてくれた。

泉はおそらく最後の専属アシスタントになる。末っ子みたいな感じだな。