コラムvol86「旅カメラ」

数年前にアシスタントをしていたHから「ハッセルの50ミリ探しているんですけど、中古の出物があるところ知りませんか」と電話があった。近頃在庫がないらしい。

「仕事で必要なのか?」と聞いたらモデルをしている彼女と2週間の予定でヨーロッパにプライベートの旅に出るのに持って行きたいという。「なんじゃそりゃ?」この時点で電話を切ろうかと思った。

気を取り直して話を聞いてみると撮影旅行のために、EOSD60とレンズ数本、パワーブックG4。そこへハッセルのボディと80ミリ、50ミリのレンズ。フィルムマガジンの予備。ポラパック。露出計。フィルムが50本くらい。その上三脚を持っていこうとしていた。2週間分の着替えも含め、少なく見積もっても30キロくらいの重さになる。

それをゴロゴロと転がして治安のよくない場所へも行こうとしている。仕事ならこの機材の選択は正しいと思う。でも、彼女と2人きりの旅行だよ。もしパソコンが壊れたり、カメラが盗まれでもしたらせっかくの旅行が台無しにならないか?重い機材にイライラして彼女にあたってつまらない思いをさせはしないか。

写真を撮るにしてもアシスタントのいない状況では一人でセッティングしなくてはならないんだよ。ごそごそとカメラバックからボディとレンズを取り出しメーターで露出を測ってポラをきって、押さえにデジカメでも撮っておこうと、またごそごそ取り出して。

考えるだけでも白けてしまうだろう。それよりボディ1台にレンズ1本を首から下げ、彼女が笑ったらその場でパッと撮れるほうが楽しいに決まっているぞ。そのレンズで撮れないものは撮らなきゃいい。仕事じゃないんだから。だいいち、仕事で撮ったような写真を見せられても誰も喜ばないよ。

持っていったカメラが壊れたり盗まれたりしたら、行った先で買っちゃえばいいんだ。どこの国でも中古カメラは売っている。もしかしたら旧くて面白い出物があるかもしれない。フィルもできれば現地で買って現地で現像してしまえ。世界中、どこでも現像結果が一緒だとは限らない。ヨーロッパの光にはヨーロッパの現像が合うようになっているもんだ。

そこまで話すと、重装備で出かけようとしていた馬鹿らしさにようやく気が付いたようだ。結局、ハッセルと同じ正方形ということもあって僕のところにあるローライを貸してやることになった。

お土産はオリジナルプリント3枚というところだな。