デジタルモノクローム

朝=カフェでパニーニとコーヒー/夜=いなり寿司、鯖寿司、煮麺

今週末からの八戸ワークショップの準備。呼んでもらうのは、これで4回目になる。メーカーとか自治体じゃなくて、八戸在住のカメラマン向田さん個人の開催で続いている。今回のワークショップでは「モノクロで撮ってみよう」という回があるので、僕のモノクロプリントも持って行って、参加者に見てもらう予定だ。それと撮影実習もあるので、その時に使う用に、リコーからペンタックスK3モノクロームを借りてきた。

一眼レフのデジタルカメラだけど、カラーフィルターが張り込まれていない素のままのセンサーを積んでいるので、モノクロ画像しか作れない。通常のデジタルカメラでも、モノクロームは撮れるのだけど、それはカメラ内処理で色情報をなくしているだけ。K3モノクロームは、カラーフィルターがないから純粋なモノクロ画像になる。でも両者を比べてみたらその差はわからないかもね。試し撮りをして、いくつかのファイルをインスタにあげているので、興味のある方はそちらへどうそ。

モノクローム機を使っていると、フィルム時代のようにモノクロフィルムを詰めた気分になれる。だから見るものが変わってくる。「モノクロの目」になるわけだ。そしてミラーレスにはなくて一眼レフであることのメリットに、触っているうちに気がついた。その話は八戸から帰ってから。

<2021年7月13日の日記から>

江東区区民センターでやっている「エイトバイテン展」に顔を出す。この展示には僕のワークショップ「2B&H」に参加した人も多くいる。見に来てくれた人の中にも、ちらほらと「2B&H」の人たちがいて、ついつい話し込む。彼らは社会人で写真を趣味にしているわけだが、中には個展を開いたり、写真集を出版したり、国内外のコンペで賞を取ったりと、その活動に刺激を受けることが多い。16年もワークショップを続けてこれたのは彼らのおかげ。よく「最近はワークショップやっているんですか」と聞かれるのだが、コロナ禍となり昨年4月以来中止したまま再開の目処は立っていない。来年にはなんとかしたいのだが。そのかわり新しい試みとして、11月にやるルデコグループ展の学生限定枠に16名が集まったので、4月から彼らとオンライン講義と個人面談のワークショップをやっている。でも、授業ではないから参加している学生に温度差がある。というか3分の2は音信不通状態(笑)。こちらもまったく矯正はしていないのだが、最初の顔合わせ以来、一度も顔を見ていないのが多くいる。毎週水曜日の21時からは全体向けのzoom講義、土日はzoomと対面の講座のために時間を作っているのだが、顔を出す学生はいつも同じ。やっている方としては顔を出してくれる彼らに救われている感じがある。「オンライン中心だからかなあ」と思うことはあるが、一度だけ北海道の方々を中心に、6回連続でやったzoomオンライン写真講座は盛り上がったし、その経験から学生相手をやろうと思ったのだが。まあ11月の展示が近くにれば、駆け込みで来るんだろうな。学生の頃、僕もそうだったもんな。なんであの時もっと先生と話をしなかったんだろう? 自分のやり方にこだわって、人の意見を聞くのが嫌だったんだよなあ。今の学生だって同じなんだよな。でも、やっていて思ったのだが、僕が彼らを変えることはできないけど、彼らによって自分が変っていくのは強く感じる。

<2012年7月13日の日記から>

友人の別荘に行ってきた。本人は「アトリエ」と称しているが、あきらかに別荘だ。森の中の小川に囲まれていて、夜には蛍が飛んでいる。ウッドデッキに椅子をだし、日暮れから飲んだ。彼とは同じころにフリーカメラマンとなり、ほぼ同時に結婚し、競うように外車を買って、そして同じようにカメラマンとしてのキャリアを積んでいった。絵にかいたような貧乏カメラマンからの「成り上がりの友」なのだ。もうこの年になると、何を買ったとか、何の仕事をしたとかはどうでもよくなってきて、くだらない、どうでもいいような話で何時間も飲んでいた。蒼穹舎で染谷學写真展「道の記」をやっている。6X6と35ミリのモノクロ。ああ、もう自分なんて消えてなくなりたいと思った。蒸し暑い日なのになんだか冷たい汗が出る。見なきゃよかったと思う自分と、見れてよかったという自分が両方いる。片方は写真を撮る自分で、片方は写真好きな自分。またしてもサリエリの気持ちが分かてしまった。

「暗殺者のパスタ」

朝=2度目の暗殺者のパスタ/夜=豚の冷シャブと野菜、冷豆腐のモロヘイヤ和え、ポテトサラダ、白米、味噌汁

「暗殺者のパスタ」というのは、トマトソースの普通のパスタなのだが、麺を茹でる前にフライパンで焦げ目を作る。そこからフライパンの中に水を入れてソースと一緒に煮詰めていくから味が濃くて美味しいものができる。というのをYoutubeでやっていたので作ってみた。今回で2回目だが癖になる味。それにしても、「夏ってこんなに暑かったか!?」と、ここ毎年思う。暑いのは嫌いじゃないが、限度ってものがあるだろう。間違いなく南の島よりも東京の方が暑い。今週末は八戸、月末は沖縄、来月は軽井沢なので体力温存しておかないと。

会う人会う人に「受賞おめでとうとう」と言ってもらえて、少々照れくさいが嬉しい。「賞は10年前に欲しかった」と書いたけど、今でちょうどよかったんじゃないかと思う。「2Bchannel」に出演してくれた人が喜んでくれるのが、自分にとって一番嬉しい。現在公開中の新田樹さんのインタビュー動画の反響がすごい。視聴数も最近では一番だが、何より寄せられたコメントの量が今までで一番多く、そして温かい。2度の収録ミスから生まれたことを考えると、これは必然だったんじゃないかと思えるくらいだ。視聴していただいている皆様、ありがとうございます。そしてコメントをくださった方々にも感謝です。「2BChannel」が、メディアであると胸を張れるものになってきたようで、それが本当にありがたい。

編集を手がけている写真集のタイトルが決まった。二転三転、だんだんと当初のイメージからズレていって、言葉遊びになってしまっていたが、今日の打ち合わせでピッタと収まるものが見つかった。そのことで全てのピースがピタッと音を立ててはまった感じがしてスッキリした。

<2021年7月12日の日記から>

先週『シンエバンゲリオン』を見てからずっと気になって、ネット配信で観れる旧作のエヴァは全て見た。ついでに第一作となる『海からきたナディア』や『シンゴジラ』も。解説動画(中田敦彦のものは4時間もあった)も見て、おおよその世界観がわかった。これでもう一度見に行ったらどう感じるのだろう。1995年に始まった『新世紀エヴァンゲリオン』から見ている世代には、特別なアニメなんだろうなということがよくわかった。映画見に行ってよかった。これを逃していたら一生関わることはなかったはず。僕に新しい「推し」ができた。安野秀明は1960年生まれ、同世代の監督が作るものをこれからも見ていくことができる幸せを手に入れたことになる。同じようなことを編集者でありライターの渡邊浩行さんが言っていた。2Bchannelの「プリントを買う」という回で、渡邊さんが「同世代の作家プリントを買うことで、彼と時代を並走できる」と言っていた。彼の言葉で、僕もまったく同じ思いでプリントを買っていたのに気が付いた。そして今回、そこにもうひとり増えたわけだ。次回作が『シン仮面ライダー』に『シンウルトラマン』。これって1960年代生まれのものにとって、たまらないコンテンツだよなあ。

<2016年7月12日の日記から>

帰国。朝4時に目がさめた。パリに戻った日はサッカーユーロ2016決勝でフランス対ポルトガルだった。その日は早めにホテルに戻り、惣菜とワインを買い込んでホテルでテレビ観戦することにした。時おり窓の外から歓声が聞こえる。そして落胆の声が。帰国便が夜の11時だったので、翌朝は優雅にガルドリヨン駅構内の老舗レストラン「ル・トラン・ブルー」で食べた。ここは内装が素晴らしい。映画にもよく使われている場所だ。ミスタービーンのシリーズで、このレストランを舞台にした短編があるが最高に面白い。オムレツとベーコン、パンとコーヒーで2000円くらい。お昼からはポンピドーへ。昨年はオルセーだったから時代性で言えばその続きという感じ。エスカレーターで最上階まで登り特別展へ。むき出しのパイプ状の建物からはパリ市内が一望できる。こういうところでまず盛り上がれる。今回の企画展は「パウル・クレー」と「Beat Generation」。ヨーロッパ1920年代とアメリカ1950年代だ。ジャックケルアックの「On The Road」を中心にギンズバーグやロバートフランクの写真が並ぶ。ケルアックのタイプライターやテープレコーダー、そして伝説の「On The Road」生原稿が古文書のように展示してあった。アメリカを移動しながらタイプライターで書くのに、紙の入れ替えが面倒だからと最初にテープで紙をとめて巻物にして書いたものだ。アメリカ文学のバイブルみたいなものだ。ギンズバーグの詩の朗読があったり、8ミリ映画があったりと立体的な構成になっている。ロバートフランクの「The Americans」オリジナルプリントはやっぱり凄い。ケルアックとその友人達の行動が戦後アメリカの思想や文化に大きく影響しているのが見える。パウルクレーは、昔「彫刻の森美術館」で見た覚えがあるが、時代の流れを把握してから見るのは初めて。ピカソとの交流やバウハウスの時代、ヒットラーの台頭による芸術家の弾圧など、作品が時代とともに変わっていく様子が現れている。ヒットラー時代の彼の絵は、かなり精神的に追い詰められてきて、それまでの柔らかさから一変して暗くて重いものになっていく。アートが時代性を孕む、アートを見れば時代が分かるというのを実感する。ふたつの展示でたっぷり2時間以上使ってしまって、常設展は駆け足になってしまった。それでもピカソ、マチス、ブラック、レジェから始まって、これでもかと作品が並ぶ。一作家数点とかじゃなくて、個展レベルの量。初めてジャクソン・ポロック大型作品も目前数センチで見ることができた。企画展ふたつと常設展合わせて14ユーロ。1500円。パリはルーブル、オルセー、ポンピドーを回ればアートの歴史と流れがどうなっているか一目瞭然で分かる仕組みになっている。ヨーロッパでアートの話をすると必ず文脈の話になるが、ベースになっているものが連綿と残っているからこそだ。3年前に現代アートと写真の関係についてこの日記で書いたのがすべての始まりだが、ようやく知識と経験が輪になって繋がってきた想いだ。

特別賞

第33回「写真の会賞」が発表され、受賞作家として小松浩子さんが、そして特別賞に「2BChannel」が選ばれました。以下は、受賞報告メールからの抜粋です。

「このたび、我々が主催する「写真の会」賞の選考会において、動画番組「2B Channel」を、第33回「写真の会」賞特別賞に選出させて頂きました。(中略)いまや映像メディアの主流となり、コンテンツの覇権を巡る競争と玉石混同状態のYoutubeにおいて、写真をテーマに良質な内容かつ高品質な音声映像で番組を制作されている点を僭越ながら評価させて頂きました」

2BChannelを始めたのが2019年9月1日なので、もうすぐ4年が経とうとしています。多くの方に出ていただいたおかげで、最近では「2BChannel見てます」と言ってもらえることが増えてきました。でもまさか写真の賞を受賞するなんて思ってもいませんでした。「2BChannelの活動」を評価していただいたことに本当に感謝しています。

僕自身は10年前、いくつかの写真賞に何度かノミネートされ最後の最後まで残りながらも落選が続き、受賞した作家さんたちを眩しく感じていました。「いつかは自分も」と思っていたのですが、そんなことをすっかり忘れた頃に賞をいただきました。

今でも覚えていますが、最初の収録でビデオがまわった瞬間に思わず固まってしまい、一言も声が出ないまま、1分後、諦めてビデオのスイッチを切りました。そこから、「ひとりでは何もできないのなら」と、知っている人に話を聞くという方向転換をしました。まだ登録者数がほとんどなかった頃に、田中長徳さん、ハービー山口さんにお願いをしたところ、「いいよ」とふたつ返事で出ていただき、それからは「長徳さん、ハービーさんにも出てもらっています」と声をかけることができるようになりました。その後も、多くの人が助けに現れてくれて、いつの間にか登録者も2万2千人まで伸びました。Youtuberとしてはさほど多くない数字ですが、写真好きの方のためのチャンネルとして続けてこられました。

今回の受賞は、今まで関わってくれた方へのお礼にもなりました。「2BChannel」に出ていただいた皆様、写真集を紹介させていただいた作家の皆様、そしていつも応援していただいている視聴者の皆様、心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。良い報告ができて幸せです。

 

 

 

音声ミスで冷や汗

朝=明太子のパスタに納豆/夜=冷しゃぶ、サラダ、モロヘイヤ、白米

「2BChannel」の収録が続いている。ロケじゃなくて我が家にゲストをお呼びする形。何のお礼もできないので、収録後はウチでご飯。

「2B Channel」でいつもお世話になっている渡邊浩行さんに「石川竜一の絶景」の話を、そして石井朋彦さんとは林忠彦賞と木村伊兵衛賞をダブルで受賞された新田樹さんとのインタビューに同席していただいた。実は、新田さんのインタビュー収録は、僕の操作ミスでなんと3回も撮り直しをしてしまったのだ。1回目も2回も、音が録れていないという異常事態が発生してしまった。貴重な素晴らしい話をしていただいているのに、収録後のチェックで僕を含めた3人の中で、なぜか新田さんの声が入っていない。個々のマイクを使っているので、ケーブルやらミキサーやらのトラブルというか、単に僕のミスで音が入っていない。今の時代、写真撮影で「撮れていませんでした」というのはあり得ない。でも動画は単純なミスで最後に青ざめてしまうことが多々ある。カメラマンと音声さんとディレクターと出演者を一人でやるのがYoutube。久々に冷や汗がでたけど、このインタビューはとても良いものになった。どちらも近日公開します。

昨日はある番組のコメント収録のためにテレビクルーがやってきた。カメラはソニーのFX3だった。やっぱりカメラマンの他に音声さんもいる。ディレクターを含め3人の分業になっている。どんなにカメラ性能が上がっても「全部ひとり」というのは難しいんだろう。ちなみに三脚はやっぱりザハトラーだった。もうそれだけでプロというか、かっこよかった(笑)

<2021年6月30日の日記から>

先週の土曜日に塗った食堂の壁に写真を掛けた。レーザー水準器を使って壁にレイアウト。僕がこういった壁全体を使って写真を展示する時にはこんなこと考えてます。●壁全体に楕円を描くイメージを持つ ●中心を作る ●安定感を作りたい時は大物を右下に配置 ●動きを出したい時は大物を左上に配置する ●右上から左下へかけての対角線上に重要なポイントを持ってくる ●空いた隙間は小物で埋める

以前は大掛かりな展示の時は縮小版を作ったりしていたけど、最近は目見当でやることのほうが多い。するとちょっとズレてそれが味になったりするからだ。そんなことやっていたら、あっという間に夕方になってしまった。夕ご飯は、鹿児島の友人夫婦から送られてきたイサキを使っのて蒸し鍋。彼は趣味を通り越して漁師のような船を持っている。鹿児島は野菜も美味しいし、魚も獲れるしいいところだよなあ。

<2010年6月29日の日記から>

モンゴルから無事帰国。今回で3度目となるモンゴル。同じところに3度も行くというのは自分としては珍しい。モンゴルは2005年、2006年の二度の旅で十分満足していたはずなのに、どうしてももう一度行きたくなってしまった。今回は西のロシアとの国境付近へ行きたかったのだが、スケジュールの都合もあり、一度目にに行ったハラホリンというウランバートルから南西へ300キロ離れた所へ向かった。季節も一度目と同じ6月下旬。この時期は天候が安定していてカラッと晴れ、日中は30度を超すが朝晩は過ごしやすくモンゴルに行くには絶好の時期だ。2005年にお世話になった牧民の家を再び訪ねるることにしていた。当時は見ず知らずの我々を歓待してくれて遊牧生活の素晴らしさを教えてくれた。彼らに会えるのをとても楽しみにしていた。ところが今回訪れると、同じ場所であるのに関わらずなんだか様子がおかしかった。どこがおかしいとは分からないのだが前回と勝手が違う。喜んで出迎えてくれたのだが、表情がさえない。疲れているように見える。以前は溢れるようにいた羊や牛の姿がわずかしか見えない。話を聞いたら今年1月下旬、この付近ではめったに降らない雪が40センチ以上積り、家畜がほとんど死んでしまったそうなのだ。幸い馬だけは別の場所に移動することで難をのがれたが、羊や牛はほぼ全滅。雪解け後、死んだ家畜の後始末が続き、そのうえ新たな家畜を仕入れるのに銀行から借金をしなくてはならなくなった。近くに住む牧民の半数が全ての家畜を失ったという。家畜を失うということは、生活の全て全てを失うと等しく、もはや遊牧では生きてはいけない。5年前に一緒に飲み歌った牧民のひとりはここでの生活を捨てウランバートルで暮らしているという。あれほど牧民であることにに誇りを持っていた彼がその暮らしを捨てなければならなかったのだ。ここ5年でモンゴルは砂漠化が激しくなり遊牧生活をおびやかしている。以前は小さな花が一面に咲いていた草原に、もはやその姿はなく、草の色も褪せている。その速度はすさまじく、南のほうから浸食するように砂漠化が進んでいる。ここでいう砂漠は砂丘化ではなく、草が生えないといことを指す。1年中で一番過ごしやすいはずの6月だというのに気温は40度を越し、日中に外に出ることは不可能なくらいだった。そのせいか以前はいなかった蚊がいたるところで大量発生していて悩まされた。

 

「躍る阿呆」でいたい

朝=ベーグルサンド、トマトとビーツのスープ/夜=カツオ納豆と温玉丼、豆腐の味噌汁

曳舟のRMSギャラリーに、公開ポートフォリレビューを見学に行ってきた。作家9名が「レンズカルチャー」のジムキャスパーとRMSの後藤さんに20分間のプレゼンテーションをする。40名以上の観客の前でのプレゼンは緊張するだろうな。見ているだけでもピリピリしてくる。屋久島の写真祭で会った柏田さんもいたし、知っている作家がけっこう多かった。

20分のプレゼンテーションというのが、ポートフォリオレビューの定番なのだが、自分でやってみると20分はかなり短い。でも横で第三者として聞いていると十分時間はあるようにも感じる。作品や作家の前提を知らない人に対して、どこまで説明するのか、言葉なしに「写真だけ見てください」はほとんどの場合成立しない。相手は「あなたのこと作品のこと聞かせて」という態度だから。時間の都合で最後まで見ることはできなかったが、帰り道に「新作に早く手をつけないと」と思ってしまう。「見る阿呆より躍る阿呆」でいたい。

<2021年6月27日の日記から>

食堂」と呼ぶのがしっくりくる我が家のダイニングの壁を塗ってみた。色は彩度の落ちた緑で角度によってはグレーにも見える。僕ひとりではなんともならないので、自粛期間が開けたことで友人2人に手伝ってもらった。壁の一面だけ塗ったのだが、とてもいい感じになった。手前に置いたこげ茶のソファーとも合っている。あまりにいい色だったのでトイレのドアも同じ色に塗ってみた。そうなると次々に塗って見たくなる。借家ではあるが、自由にしていいということなので好きにできるのだ。ありがたい。プリントについて書いたら「インクジェットで良いプリントを作るコツはありますか」と質問があったのでここで答えてみます。まずは8万円以上のプリンターを買ってください。これでうまく出なければ、元のデータに問題があります。次に、気に入った写真を、一度プロのプリンターにプリントを頼んでください。これで気に入らなかったらやっぱりデータの方に問題があります。そして大事なのは、「自分の基準」を作ること。何が良くて何が悪いのかは基準があるからわかるもの。基準なしに考えていても常に「なんか違う」って思うはずです。プロのプリンターに頼むのは、その基準を探るためです。最後に、とにかくたくさんプリントを見る、つまり写真展をたくさん見に行くということ。そのためには足を運ばなくてはなりません。その点東京の人は有利ですね。「ああ、ここまでプリントは追い込めるんだ」っていう基準を作ることができる。階調が全部出てるからいいわけじゃないけど、どこまで出るかは知っておいた方がいいわけです。当たり前のことばかりだけど「自分の基準」がない限りは「良いプリントを作れない」というのが40年間プリントをやってきた結論。なんかつまんない答えですいません。劇的に変わるプリンターの設定方法とかあるといいんですけどね。

<2016年6月28日の日記から>

2段ベッドが並ぶパリ安宿の朝。中国人のイビキで断続的な睡眠になったが体調はいい。今回は長旅になるので、できるだけ支出を抑えていかないと。エアラインはエールフランス。直行便で一番安かった。9万円。食料も持ってきていて、後の宿泊はフランス人アーティストやオーガナイザーの家に泊めてもらうことになっている。昨日は宿に荷を降ろしてから近くのビストロで食事。5人で肉、魚、サラダ、トマトスライス、エスカルゴ、ソーセージ盛り合わせ、パスタ、ワインのボトルを一本入れて7000円弱の大満足。腹ごなしにノートルダムに寄ってお茶をして、地下鉄で帰ろうとした。電車に乗り込むときに妙に近づいてくる女性がいた。不審に思っていると、自分と僕の間を雑誌を横にして腰から下が見えない状況にした。するとズボンのポケットに入れてあったサイフを引っ張られる感触が伝わってきた。。あっと思って手を掴むと女の手は僕の財布を握っていた。スリだ! 手を掴まれて彼女は驚いたように僕を見ている。耳元で大声を出したらサイフを諦めて僕から離れようとした。周りを見たら仲間と思われる男がいたので、握っていた手を離して更に大声を出して突き飛ばすように女を電車からホームに追いやった。ドアが閉まると女はこちらに手を挙げ悪い悪いという仕草を見せて、男とともに足早に立ち去っていった。サイフは紐でズボンに結いつけてあって、すれ違いざまに盗むのは無理だったろうが、さすがに驚いた。日本でも海外でもスリに遭うのはこれが初めて。宿の人がパリではスリに気をつけろと言っていた時は、他人事のように聞いていたのだが。幸い被害がなくてよかった。最初から波乱含みのフランス旅のスタートだ。

あのー、えーと

朝=焼きマッシュポテトのバケット、トマトスープ/夜=名古屋の味噌煮込みうどん

この日記には昨日食べたメニューを書いているのだが、これが思い出せない。「なんだっけ」ってなる。もちろん一昨日何を食べたかなんてもはや推理ゲームみたいなものだ(笑)。昨日は妻と演歌の「〇〇きよし」の苗字が思い出せなくて30分くらいずっと考えていた。一度「西川きよし」が出てきてしまうと、そこから抜け出せなくなる。「ほら、あの、ズンドコ節の」と悶々とする。でもそういうときは、絶対にネットで調べないことにしている。ど忘れなのだから、頭の中に必ずインプットされているはず。思い出した時に「ああ!」となるのがいい。

「2BChannnel」のライブ配信や美術史講座での配信で、質問に答えるとき、3秒間魔が開くと放送事故ぽくなる。だから「あれ、ほら、あのー、えーと」と言葉を繋いでしまうのだが、それを意識して言わないようにしている。たまに出てしまうが、最近はだいぶ少なくなってきていると思う。最初の頃はひどかった。言葉の最初に必ず「あのー」と言っていたから編集で余計な部分を全部切っていた。自分で配信するようになって、ラジオのパーソナリティという職業の凄さを感じる。最近ラジオを聴いているときは、内容よりもそんなところに気が向いてしまっている。

<2023年6月22日の日記から>

妻に付き合って東急文化村「エジプト展」に行ってきた。時間予約制だけど、自粛解除初日のせいか、かなりの混雑ぶり。なぜか妻はエジプト好き。いや、ミイラ好きか。前世のどっかはエジプト人だったみたい(笑)。帰りに東急デパートで半袖シャツを1枚購入。革製のかっこいいトートバッグが欲しかったが、妻にあっさり却下された。必要性は認めてもらえず。「この間買ったばかりでしょ」と言われて反論できず。自粛期間中ずっと閉めていた高円寺の洋食屋「フジ」がようやく再開。「小杉湯」でひと風呂浴びて「フジ」でビールとチキンソテーを注文。上にかかっているデミグラスソースが美味しくて、チキンは皮がバリバリ。ここはご飯も美味しい。いい米使っている。「フジ」にはほぼ週一で通っている。同じメニューを食べているのにまったく飽きないどころか、毎回新鮮。よほど相性がいんだろうね。家に帰るとすぐにベッドでゴロゴロ。昨日から読み始めた本を読み終えた。最近はノンフィクションばかりで小説を読まなくなっていたが、『推し燃ゆ』を読んでからストーリーものもいいなと思い始めた。気をつけないと、ついつい役に立つものばかり選択してしまう。とにかく極楽な月曜日だった。

<2010年6月22日の日記から>

『カメラマガジン』誌上チャリティ。絶対セイケトミオを落とす! 19:00スタートの1時間以上前からサイトを立ち上げ、別ウィンドウでは時報のサイトを表示し、冬青ギャラリーの机のまえで今や遅しと待ち構えていた。そして19:00ちょうど、Enterキーをたたいた。手ごたえあった。しかし表示されたのは「現在取り扱われておりません」。しまった早かったか。再度購入ボタンを押すが同じ表示。ギャラリースタッフに「今日22日だよね、今19:00だよね」と確認してしまう。いくらやってもだめ。おそかったの? 他の写真家のページを表示してみると品切れの表示が出ている。自分の写真も売れてしまったようだ。清家さんのプリントは誰のもとへ行ってしまったんだろう… 19時でギャラリーが閉まるので帰宅。自宅でパソコンを開いてセイケトミオをあらためて確認。もしかすと、なんて思っていたが表示は「品切れ」。他の気になる作家を見てみると、ラッキーなことに蓮井幹生が残っていた。蓮井さんのモノクロは昔から大好きだ。まよわず購入。やれやれ、肩の荷がおりた。今回はいい買い物ができた。そして僕の写真をかってくださった方に感謝です。精一杯額装します。買ってくださったかたの5万円と、僕の5万円が何かの役にたてることを祈っています。

「結論の出ない話を続ける」

朝=鮭のおにぎり、味噌汁/夜=生姜焼きと温泉卵丼

20年近く続く高円寺の写真サークルに呼ばれて、講演と写真のレビューをやってきた。場所が近くて歩いて行けた。最近は、ようやくそういったことが解禁になって出かけることが増えた。今後は東京の東小金井、青森の八戸、そして長野でのワークショップや講演が決まっているので、楽しみだ。

昨日の講演会では、「写真と言葉とコミニュケーション」の話をしたのが、まず最初に二人一組になってもらって「水着撮影会」と「AI写真」について10分間、お互いに意見を交わしてもらった。その際に正面向かって右側にいる人は「肯定派の意見」を、左側の人は「否定派の意見」を言ってもらった。自分が思っていることと違うことを言う場合もあるわけで、これを何のためにやっているかというと「結論の出ない話をずっと続ける」。コミニュケーションってそういうものだと思う。写真も答えがない。答えがないことをいろんな角度から言葉にすることで突っ込み合う。そのための言葉はどうやって得るのかということが問題なわけだが、効率的な方法はないし、効率的に得た言葉は面白みに欠けるんじゃない。「へー」って驚くのは「考えもつかなかった」っていう話だから。無駄なことをたくさんやっている人の方が面白みがある。

<2021年6月19日の日記から>

1年半ぶりに暗室に入った。ある写真家の暗室を間借りさせてもらっているのだが、久しぶりすぎて手順忘れそうになる。今日はとりあえずフィルム現像。8x10インチで撮影したネガをテスト現像。ロジナールという濃縮現像液を1:45に希釈して使う。水温22度、現像時期12分でちょうどいい感じに仕上がった。事務所に暗室があった頃は、少なくとも月に数回は暗室作業をしていたが、事務所閉鎖後はほとんどやらなくなってしまった。一昨年「2Bchannel」を始めたことで時間が取れなくて、というのは言い訳に過ぎない。プリントしたければ時間を作って暗室に入るはず。つまり焼きたいものがないせいだ。最近は、ついついデジタルカメラを手にすることが多くなった。ハッセルのX1D2とシグマのfplの色が気に入ってしまって、頭がモノクロ脳ではなくなってしまった。しかし、いま暗室に入っておかないと先々必ず後悔してしまうはず。強制的に暗室に入ろうと思う。思うだけじゃダメなので、金曜日は暗室に入る日と決めてしまう。習慣をもうひとつ増やすのだ。どうせ大して忙しくはない。金曜日1日くらい空けてもなんとでもなる。中学生の頃、初めて暗室に入った時は興奮した。置いてある器具や薬品はなんだか大人の世界だった。高校生になって、学校に誰も使っていない暗室を見つけると、毎日のように入り浸っていた。自分の家に暗室があったらどんなに幸せだろうかと思っていた。あの頃の原初の気持ちを取り戻す。それには習慣化するしかない。

 

鉄製の額を注文

朝=野菜冷やし中華/夜=鍋焼きそばと小ライス/夜食=おにぎり

暑くなってきた。以前は「夏は最高」で、夏バテの意味がわからなかったが。最近はよくわかるw  2階の仕事部屋には大きな窓があるが、常に雨戸を閉めてた状態になっている。配信の都合上、自然光が入らないよう、スタジオ化しているのもあるのだが、窓が大きいと冬は寒く夏は暑いから。もったいない気はするのだが。

昨日は谷中にある小さなギャラリー「アトリエウチノ」に行って鉄製の額を2枚注文してきた。額は作家が作る1点もので廃材を利用しているそうだ。「アトリエウチノ」は、友人が勧めてくれたお店で、置いてあるもののセンスがいい。現代と数百年前のものが並んで飾られている。額は8月頃にできるそうなので楽しみだ。なぜここに来たかといえば、もうアルミの額だけの展示は飽きがきていたから。小まめに額を探していこうと思っていた矢先に、教えてもらったお店。いいタイミングだったな。

谷中に行く前に上野で「古代メキシコ展」をみてきた。妻はこういうのが大好きなのだが、僕はあんまり古代文明には興味がない。でも展示は結構面白かった。メソアメリカの文化がちょっとわかってきた。展示物を見ていたら、ある土偶を見つけた妻が「自分にそっくりなヤツがいる!」と袖を引かれた。見たらホント、笑っちゃうぐらいによく似てたw    妻は「私のどこかの前世、ここにもいたんだよ。なんかしっくりくるし、だから好きなんだ」とか言い出した。確かにそうかもw 

<2021年6月17日の日記から>

肌の調子が今ひとつ。顔に発疹ができて痒い。なんか、6月はいつもそんな感じ。身体の中からきている気がするので、とりあえず小麦と卵と乳製品、アルコールを3週間控えることにした。なんとなくその辺が悪さしてるんじゃないかという気がして。2017年に流行りにのって始めたものの、どうやって使っていいものやら見当もつかず、20回くらい投稿しただけでほっておいた『Instagram』を再開することにした。ひさしぶりに開いてみたらフォロワー数は275人だった。再開の理由は特にないのだが、今年は日記も毎日つけているから、同じタイミングで一緒にアップすればいいやと思ったのだ。とはいえ、方向性はいまだ定まらずだ。10万フォローとかすごいよな。『2Bchannel』は登録者数1万人で、この日記は多い時で1000人、普通は500人が見てくれている。毎日投稿したら『Instagram』はどうなるんだろう? しばらくは「ハッセルブラッドX1D2」と「シグマfpl』で撮った写真をアップしていくけど、多分そっちの方向じゃないような気がしてる。でもとにかく毎日投稿。

<2009年6月17日の日記から>

レイヤーの使い方を覚えたら面白くてモルジブのデータをもう一度作り直してしまった。今までだったらOKのカットもついつい整えてしまう。いくらでもやれるということは、いつまでたっても終わらないということだ。打ち合わせギリギリの時間までパソコンの前にいて飛び出すように事務所を出た。実は来週からアムステルダムなのだ。今回は旅ものではないのだが1週間ほどの日程になっている。その打ち合わせを終えてからモルジブの原稿を編集部に納品。帰りに四谷三丁目トーテムポールに福山えみ写真展「月がついてくる 4」を見に行く。これで彼女の個展を見るのは3度目だが随分と写真が「厚く」なってきた。DMになっている写真に特にそう感じる。自分の写真展が近付くと、他の作家の写真を見たくなくなる。生理的な本能なのかな。影響をおそれているのかもしれない。この間もコニカミノルタでやっていた「風の旅人」のグループ展で有元伸也と山下恒夫の写真を見て「ああ、こりゃすげえな、見なきゃよかった」とため息がもれた。冬青でやっている山下恒夫の個展はまだ見ていない。7月にwebサイトをリニュアルするにあたって、ギャラリーのページのキャプションの英語化をデザイナーに求められた。やらなければならないのはずっと分かっていたが、見て見ぬふりをしていたのだ。一日唸りながら簡単なキャプションをひねり出し、今日確認のためフェイリンに見てもらう。2時間みっちりレクチャーを受け、事務所に戻ってまた英文の制作。合間には新宿ヨドバシで買い出しをし、来週の準備。明日から2日間は個展用のプリントだ。

『カメラホリック』みてね

昼=お客さんが来たので、諸々の野菜付け合わせとカツオのカレー/夜=天草の素麺

SONYのFX30のマイクハンドルユニットが、海外で安く売っていたので取り寄せてみた。評判の良い店だったけど、なんだか騙されていないか注文してから心配になったけど、まともなものが届いて一安心。でも安いから飛びつくのはもうやめようと思った(笑)。

カメラ本体にユニットを取り付けて、あれこれ設定を試しているうちに13時になった。今日は19時にお客さんが来るくらいなので、時間はたっぷりある。ハンドルユニットを取り付けたFC30はいい感じになった。最近外での撮影が少ないけど、これを使った撮影をやってみたくなった。

昨夜の「2B Channel」ライブで雑誌『カメラホリック』9号の紹介をした。僕の写真も6ページ掲載してもらった。これはハッセルブラッドのX1D2というミラーレス機での撮影。アウトフォーカスのシリーズでピントがどこにも合っていない。印刷したらどうなるのかと思っていたが、いい感じになっている。このシリーズをどう育てていこうかと思っている。次はローライフレックスにネガカラーでやって見ようかな。

<2021年6月15日の日記から>

美術史講座の参加者から質問があった。面白い内容だったので、日記に残しておこうと思う。・先生にとって芸術とは ・美術史の中でどこが一番のターニングポイントになったか ・美術史上、最も価値のある作品は? ・先生が最も欲しい作品は?(お金や購入機会は関係なしに)

「芸術とは何か?」という質問に、真っ先に浮かんできたのが「変えてくれるもの」。見てすぐというわけではなくて折に触れて傷口がジュクジュクするような作品。いつのまにか自分の「社会って、アートって、写真ってこういうものだ」というものが変わってしまっている。ギャラリー小柳でのソフィ・カル「海を見る人」、2006年東京都現代美術館での大竹伸朗、2019年国立新美術館でのボルタンスキー、最近行った杉本博司の「江之浦測候所」。その他にも劇画の吹き出しのように「ガーン」ってなるものがたくさんある。その度に僕の考えは変わっていくのだ。美術史の中でのターニングポイントは、個人的には1800年代中頃の「ロマン主義」なんじゃないかと思う。写真もその頃登場してきて絵画に揺さぶりをかけるし。何より目の前のものを描こうとする運動は絵画だけではなく、音楽や文学に波及している。もうひとつあげるなら第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の1920年から30年。ウディ・アレンの「ミッドナイトインパリ」が大好きということもあるのだが。美術史上で最も価値のある作品は間違いなく「モナリザ」。理由は世界中でもっとも知られた絵画で、おそらく今後も変わることはない。誰にも知られていない作品は誰にも影響を与えることはない。その反対に多くの人に知られた作品は、その中に大きな影響力を受けて「変わってしまう」人がいるから。僕が個人的に欲しい作品。生涯をかけて手に入れたい作品は実はすでに決まっている。それはイタリアの画家「モランディ」の机の上の静物画。「モランディ」でググるとすぐに出てきます。香港のギャラリー「ガゴシアン」で見て、直感的に「あ、モランディ買おう」って思った。なぜだろう? 以前から知っている作家だったし、それだから見に行ったわけだが、実物を見て「呼ばれてる」って思った(笑)。でもその時は価格を聞かなかった。冷やかしになるのは嫌だったのだ。今度ガゴシアンに行く時は「以前見たモランディ欲しいんだけど」って言うつもり。

<2006年6月15日の日記から>

仕事で九州の由布院に行ってきた。別府は行ったことがあったが由布院は初めて。由布院の名前は、学生時代山口瞳のエッセイで知った。以来ずっと行ってみたかったところだ。仕事とはいえ思いがかなって嬉しい。そのエッセイの中にもあった日本一サービスのいい旅館とされる「亀の井別荘」に泊まることができた。一泊4万円だ。仕事で泊まるのがもったいないところだ。もっとも仕事でない限りおいそれとは泊まれないが。夕食もおいしかったが、外のテラスで食べる朝食は格別だった。温泉効果でお肌スベスベ。仕事はオーナー中谷健太郎氏の撮影。話を聞いていると惚れてしまう。72歳とは思えない若さだ。「あらまほしき日常の提供」が亀の井別荘のポリシーだ。今日は撮影の帰りにイタリア文化会館の写真展とニコンサロン新宿の千田 貴子写真展「Anonymous City」を見に行く。千田と書いて「ちだ」と読む。彼女の撮るガラスに映りこんだイメージが好きだ。今回は東京がテーマだが、地域性や地場性は関係ない。セレクト次第でいろんな形に変化しそうな緩やかな塊りを感じる。

 

 

 

本棚設置

朝=プレーン入りヨーグルト/夜=ガレージでバーベキュー

本棚が三竿届いた。しかし、僕と妻では手に負えないことは明白。ということで頼りになる友人を招集。

1階にふたつ、2階の配信部屋にひとつ設置。おかげで段ボールにしまい込まれていた本が日の目を見た。しかし、物置にもダンボールふたつ分の本が眠っている。5年前に事務所を引き払った時に、本は半分くらいまで減らしたのに、「2BChannel」を始めてからまた増え始めた。このデータの時代に本の質量が半端ではない。

夜に友人と話していたら、いま企業では労使間の問題が深刻だそうだ。新人教育の際に「その指導はパワハラです」と言われてしまうと、もう指導の立場の人が「どう接すればいいのかわからない」となってしまうそうだ。

もうこれまでのような、場をなごますつもりの冗談は通じないし、いままでのように黙って受け流してもくれない。「そんなことを言ったら何も話せない」という人もいるけど、言わなくていいことは何か、を自分の中に持つ必要がありそうだ。冗談を言わなくてもコミニュケーションは十分取れるから。おそらく、この問題に一番深刻に悩んでいるのは大学の先生じゃないだろうか。お金を払っている学生に対して先生は、「お客さん」だと思っていないと、トラブルが出てくる。「お金を払っているのになぜ否定されるのかわからない」と思うはず。友人に有効な解決策はあるのか聞いてみたが、現状ではないそうだ。マニュアルを作ってしまうとそれがまた火種になるから、曖昧な部分を残しておくのも重要なんだそうだ。そう考えると、わかりあえないことを前提に接する必要があるみたいだ。

<2021年6月11日の日記から>

「なぜ爺ちゃんは道端を掃除して庭いじりをするのだろう」とずっと思っていた。なのに自分が還暦になったら同じことしてる。不思議だ(笑)。草むしりとか非効率だと思っていたので、ずっとやってこなかったのに、今では毎日せっせと手入れをしている。何か「ジジイスイッチ」とかあるんだろうか? 草むしりが全然苦にならないどころか楽しくさえある。今住んでいるのは借家なのだが庭木がある。都会では珍しいかもしれない。大家さんが小さい頃うっかり埋めたアボガドの種は、今では2階の屋根を越えそうな勢いだ。残念ながらというか、幸いというか、実はならない。実がなっていたら大変なことになっていただろう。妻がホームセンターで買ってきた金木犀も大木になり、その横にはモクレンとハナミズキがそこそこ大きくなりかけている。素人がうっかり庭に木を植えてジャングル化するっていうのは本当。毎年秋口に、知り合いの庭師にばっさり切ってもらうのだが、どの木も翌年はより大きくなっている。アボガドの落ち葉も膨大だ。掃除をしながら葉っぱを集めては「これはお札、今日もたくさんお金が降ってきた」と妻に言うと「人前では言わないでよ」と釘をさされる。イメージですよ、イメージ。お金がザクザクのイメージ。と、こんなこと書くとまた怒られるな。

<2006年6月10日の日記から>

来週からモンゴルへ行く。面白いのは「モンゴルへ行ってくる」と言うと全員が「いいなあ!」と感嘆と憧れのまなざしを僕に向けるのだ。こんなこと初めてだ。でも「モンゴルってどんなところ?」と聞かれてもさっぱり分からない。今のところ僕がモンゴルで連想できるのは「馬と羊と朝青龍」だけだ。どんなところへ泊まって、どんなものを食べれるのかまったく想像がつかない。こんなことは初めての海外でバリ島に行った時以来だ。あの時も情報がなくて「ココナッツミルクで炊いたご飯が出てくる」とおどかされて、ココナッツ嫌いの僕は本気で悩んだ。モンゴルは羊の肉を食べる、それは知っている。焼かないで塩味で煮て食べるのもテレビで見た。でもそれだけ? ご飯はたべないの? 野菜は? モンゴルを案内してくれる人に聞いたら「モンゴルで料理と言ったら肉料理のことです。野菜や穀物だけを調理したものはありません」と言う。ということはずっと羊肉だけ食べるのか? ラムは好きだがマトンはどうなんだ? 朝は何を食べるのだろうか? 泊まるところも初日と最終日はウランバートルのホテルだが、後は旅社と呼ばれるゲストハウスか、ゲルだ。トイレはどうするんだろう。ヘッドライトとトイレットペーパーは必須らしい。夜はトイレに落ちないように注意が必要だと言われる。草原は巨大なトイレでもある。夜と昼との寒暖差が大きくて、服装は冬と夏の用意をしなくてはならない。「地球の歩き方」には寝袋はマストアイテムと書いてある。しかし一日の移動が悪路数百キロということもあるので荷物は最小限にしなくてはならない。毎日バックに荷物を出したり入れたりしている。妻には大変だよ〜と言いつつ、実はすごく楽しかったりする。来週、分からないだらけのモンゴルへ行ってきます。

 

ヨドバシに行って買い物

朝=焼き鮭、半熟卵、納豆、白米、味噌汁/夜=大黒屋の天丼弁当

炊飯器を買い直した。まだ壊れてはいなかったが、お釜の中があちこちはげてきたので。ネットではなくて吉祥寺のヨドバシで現物を見て購入。パナソニック製で2万円ちょっと。すごいのは10万円もしていて、ちょっと気になったが、家電に10万円はねえ。カメラなら平気なんだけど(笑)。

吉祥寺はいい街だ。大きくもなく小さくもなく、ちょうどいい。家からは電車で三駅なので、最近の買い物は都心ではなく、こっちに行くことが多い。大学時代には友人が住んでいたので、よく遊びに来ていた。僕が住んでいた西武線界隈と比べてなんとなく華やかで、いずれここに住みたいなと思っていた。

子どもが生まれる前に、一度吉祥寺の第二公園の中にあるマンションに住もうと思ったことがあるのだが、いざ物件の内見中に、そこからは車での移動が大変だということがわかった。その当時、仕事には車が欠かせなかったし、現像ラボに必ず行く必要があったので、諦めてしまった。今はもうく車を手放しているからわかるけど、車がなくてもさほど不便は感じない。あの時、車を手放すという選択もあったんだなあと今となっては思うわけだが。まあ、無理だよね。カメラマンは車も機材の内だと思っていたから。

<2021年6月8日の日記から>

杉本博司が構想10年、建築に10年かけた「江ノ浦測候所」に行ってきた。2017年にオープンしてからずっと気になっていたのだが、場所が小田原にあり、入館が完全予約制ということもあってタイミングがなかなかつかめなかった。でもこの杉本博司のインタビュー動画を見てどうしても行きたくなった。https://youtu.be/Ft2yE4BrjEg  これは写真家の鈴木心さんが撮ったもののようだ。自粛期間で物事が動かない今こそ、絶好の機会だと泊まりがけで出かけた。車がないので東海道線で真鶴まで出てタクシーで5分ちょっとくらい。江之浦測候所は、海を見渡せる山の中にあった。行ってみて初めてわかったことがある。ここは「美術館」ではないのだ。てっきり杉本博司の写真がたくさん見られるかと思ったら、なんと10枚くらいしかない。では、拍子抜けしたかというと、そうではない。3時間たっぷりと楽しむことができた。もともと蜜柑畑だったため、敷地内に高低差がある。そこをめぐる旅のようなもので、そこここに置いてあるものすべてが杉本博司が長年コレクションしていたもの。見栄えがいいから置いてあるというのではなく、コンテキストがある。例えば「亀石」と呼ばれる自然石の頭の部分が向いているのは、海を隔てた東京。亀は「永遠」の象徴だ。それが見据えている東京がいつの日か滅びた後も、この亀石の頭は変わらず東京を見続けている。杉本博司作品の基本コンセプトは「時間」。刹那から永遠まで、作品ごとに対象を変えながら表現している。この場所が「美術館」ではなく「測候所」というのもその現れで、原始の人間が初めて世界を意識し始めたのは「太陽の運行の規則性」からだと考え、この施設は冬至と夏至に合わせて建物の方向が作られている。美術館のことを揶揄する言葉として「作品の墓場」ということがある。しかしここは杉本博司の作品が収められている「墓場」ではなく、作品そのもの。「江之浦測候所」は2016年に東京都写真美術館で開かれた杉本博司『ロストヒューマン』展の拡大版だ。今回は初夏だったが、季節を変えて訪れてみたい。真夏には風景を見る回もあるそうだし、夏至の日の出もみてみたい。そして海外の友人が日本に来たときに連れていきたい。盛り上がること間違いなしだ。

<2009年6月8日の日記から>

実に久しぶりにフェイリンに英語のレッスンをうけた。お互いがあちこち行く用があるので時間を合わせるのが難しい。でもレッスンを受けると、眼からうろこが1枚はがれる。ああ、そうなの、と思えることが多い。萎えてしまいそうな英語の勉強に刺激が生まれた。彼女は後半年でインドに行ってしまう。それまで何回会うことができるか。レッスンの後、編集部を2か所まわる。モルジブの言い訳と作品の回収。そこでペンタックスの新製品デジカメK7の話を聞いた。ものすごいメカだ。すごいとしかいいようがない。CCDを磁石で浮かすなんて。手ぶれもゴミ取りもシフト操作までできてしまう。もう画面の水平を取るのに三脚は必要ないことになる。このカメカを、もし645デジタルが受け継ぐとすればプロユースデジカメの勢力分布は大きく変わるぞ。

 

 

溢れる写真集を、、

朝=ホタルイカのあんかけパスタ/夜=コロッケ、メンチカツ、キャベツたっぷり、胡瓜と茗荷のサラダ、トウモロコシの出汁、白米、味噌汁

日記を書いてはいるのだけど、なんとなくアップをためらってしまって。個人的なことだけど、そこには誰かが登場するわけで。誰かと話したり関わったりで生きている訳だから、ここに書いちゃってもいいのかなとも思ってしまう。以前はもうちょっと無邪気だったけど、最近は難しい。ということで当たりさわりのないことを(笑)。

仕事部屋を見渡すと本棚から本が溢れている。押入れにも物置にも写真集が積まれていて、どんどん増え続けている。2BChannelで稼いだ分は写真集になっている感じ。おかげでほぼ値段を気にせずに買うことができる。結果本が溢れる。そこで今日は本棚を三竿注文。これで少しは収まってくれるはず。機材系の出費は最近ないけど、先日総額1千万円のライカをあれこれ触ってしまったから「血中ライカ濃度」は高まっているのだ(笑)。

<2021年6月6日の日記から>

久しぶりに友人ふたりが来て昼ごはんを食べた。大勢で、と言っても妻をいれて4人だが、それでも美味しく楽しい食事になる。彼らには、食堂と呼んでいる家のダイニングの壁の一部をペンキで塗ってもらうことになっていて、今日はその下見。壁の一面を「褪せたような、アジアの安食堂な感じにしたい」と、妻の希望。僕の意見はなにも通らない(笑)。中野の「島忠」で試し塗り用に、青系と緑系から3種類の小さな缶入りペンキを買ってきて、ソファの後の部分に試し塗りをしてみた。3つ色を混ぜ合わせて色調整していくのだが、結構微妙な色が出て面白い。カラープリントを思い出す。夜は美術史講座で「哲学」の回の再配信だった。僕は一時、哲学、思想、宗教にかなりはまって、いろいろ調べていた。手当たり次第という感じでやっていたので「何か参考になる本はありますか?」と聞かれると困ってしまう。そこでお勧めするのが本ではなくて、本の解説をするNHK『100分de名著』。これはさすがNHKという番組で、1冊の本を4回に分けて専門家が説明してくれるのだが、再現ドラマ風のものも差し込めれていて面白く見ることができる。何よりも進行の伊集院光の質問力が毎回すごい。以前はアナウンサーがやっていたのだが、伊集院になってから俄然面白くなった。有料だけど、NHKオンデマンドで見ることができる。哲学、思想、宗教を勉強したければ、入口としてちょうどいいと思う。そこから本を読んだ方が全体が把握できる。一番いいのは、最初に僕の「美術史講座」に参加してもらうことなんだけどね(笑)。

<2005年6月6日の日記から>

齋藤亮一写真展「桃源郷フンザへ」を見に青山スパイラルホールへ。中2階階段部分での展示。幅1メートル50はある大判のインクジェットプリントで展示されていた。フンザはパキスタン北部にある、つい30年前まで大国制だったところだ。最後の桃源郷と呼ばれている。近頃35歳までの写真家を支援するメーカーや団体が多い。写真を買い上げてくれたり、写真展をする場合援助金を出してくれたりする。団塊の世代ジュニアは恵まれているのだ。35歳まで、という年齢制限は常々「エイジハラスメント」だと思っている。遅れてきたルーキーに写真界はつめたいのだ。1950年から60年生まれまでの写真家は以外と少ない。周りを見渡しても継続的に作品を発表しているものは数えるほどしかいない。ちょうどバブル経験者の世代だ。30台前半の大事な時期を浮かれて過ごしたせいだろうか? そんな中、バブルに背を向けて活動を続けていたのが齋藤亮一だ。30歳代は毎年欠かさず写真展を続け、出版した写真集は10冊近くになる。毎年一ヶ月近くの海外撮影を続けている。ロシア、中央アジア、バルカン、キューバ、ベトナム、中国、フンザと世界地図を塗りつぶしているような取材のしかただ。しかしジャーナリズムの視点で世界を見ているのではなく、その目線は極めて私的だ。毎回齋藤さんの写真展は楽しみにしている。おそらく同じ気持ちのファンがたくさんいることだろう。スパイラルでの大型展示もいいが、銀座でのオリジナルプリントによる写真展はとても気になる。今日は行くことが出来なかったが、楽しみは取っておいたと思っている。