マグロのづけ、鳥と蓮根の煮物。

1本目いとうせいこうの撮影。あるクリエーター向けの雑誌の表紙。

ハッセルの調子が今ひとつなので35ミリを使う。昨日使ったベルビア100Fの仕上がりが気に入ったからだ。しかし35ミリは撮っていてもなんか気合が乗らない。ちょこちょこと量ばかり撮っている気がする。

先日の女優の撮影で本番前にテスト用にデジカメを使うと、「パコッ」という情けない音に「エッ!今撮ったの!」といぶかられてしまった。「いえいえ本番はこれからですよ」とハッセルのモーター付きで撮り始めると安心したように「音がないと乗れないのよのねえ」とつぶやいた。ハッセルの音はなかなか官能的であると思う。

いとうせいこうは薀蓄王であるわけだからしてインタビューは聞いていてめちゃめちゃ面白い。人形浄瑠璃がいかにソウルかという話を聞くと本気で見たくなってしまう。人を引き込む話術はすごいものがある。

撮影後すぐに多摩大学へ。野田ゼミの撮影。とっても面白い授業だった。生き残りをかけて大学独自のカラーが出ているという。こんな授業だったら人が呼べる。一昔前の大講堂でマイクを通しての授業ばかりではなにも創造的なことは生まれない。

たとえば写真学校も、その年に活躍した写真家に対し1000万円ほどの奨学金をだして、その代わり週に何度か授業を持たせるのはどうか。写真家は1年間お金の心配をせずに作品を作れて、学生はその作品が出来上がるさまを間近で感じることができる。

つまらない宣伝費をかけるくらいなら1000万円くらい出るだろう。その時代で一番旬な写真家にじかに接することが出来るというのは、どんな立派な教室をつくるより大事なことだ。授業なんてどこでもできる。

人こそが人を呼べるのだ。