ローライフレックス2.8F「プラナーとクセノタール」

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今日は、「ローライフレックス」の話です。

 ローライ社は100年前の1920年に創業したドイツのカメラメーカーです。その中でも2眼レフの「ローライフレックス」はいまでも使われています。特に女性に人気のカメラで、僕のワークショップでも愛用者が多くいます。

 

コンパクトカメラの「ローライ35」や、一眼レフタイプのシリーズもありますが、「ローライフレックス」はレンズがふたつあるので2眼レフ。上のレンズはピントや構図を確認するためのもので、下のレンズが撮影用で、フィルムサイズは6x6センチの正方形。そういえば2眼レフのデジタルカメラってありませんよね。あれば面白いんだろうけど、まあ意味がないか。

 2眼レフカメラは構造が簡単なので、戦後は日本もたくさん作っていました。いまGRを出しているリコーも、「リコーフレックス」という大ヒット2眼レフを作っていましたね。

 

 僕が「ローライフレックス」を最初に買ったのは29歳の時ですから、もう30年間ずっと使っています。実は、当初ローライは高くて買えなかったので「華中」という中国製の2眼レフを使っていました。たしか当時で8000円ぐらい。それを使ってグラビアの仕事もしていました。いい感じに描写が甘いんです。それでお金を貯めてローライを買えるようになったんです。

 

2眼レフタイプのカメラはマミヤを除いてレンズ交換ができません。これが同じ6×6で人気機種の「ハッセルブラッド」との大きな違いです。

ハッセルはコンポーネントカメラなので、合体ロボのようにレンズ、ファインダーやフィルムバックなどが変えられますが、2眼レフのローライは買ったらそのまま。アクセサリー類が限られています。

 

アメリカのファッションカメラマン、ヴルースウェーバーがファインダーとグリップをつけて撮っている画像を見て、思わずそのセットを買ったのですが、ファインダーは重いし、グリップをつけるとフィルム交換はできないしで、早々に売ってしまいました。

 

でもかっこいいんですよ。ローライ好きとしては、一度は欲しくなるアイテムです。

1960年代まで、「ローライフレックス」はファッションカメラマンが好んで使っているカメラでした。アーヴィングペンもリチャードアベドンも使っています。

 

2眼レフのローライはレンズ交換が出来ない代わりに、広角と望遠レンズがついた機種も発売していました。「ワイドローライ」と「テレローライ」。

これはレンズ交換が可能なハッセルブラッドに対抗してのものだそうです。

 

コレクター心はそそられるのですが、仕事の撮影でもない限り正方形のフォーマットで標準レンズ以外は、ほぼほぼ必要ないと言い切っても大丈夫です。

個人的には、レンズ交換可能な「ハッセルブラッド」ですら、90パーセント標準レンズでしか使っていませんでした。

なんとなくワイドアングルローライに憧れる気持は分かりますが、持てあますこと請け合いです。

 

面白いのは2眼レフローライには標準レンズが、4パターンも用意されていることです。焦点距離が75ミリで開放がF3.5 のものと80ミリF2.8のものがあります。そして、それぞれにプラナーとクセノタールのレンズが選べます。これはとても不思議です。

数字的には75ミリと80ミリではたった6パーセントしか変わらないし、F2.8とF3.5の絞りは半絞り分でしかありません。

でも、アーヴィングペンはカメラを80ミリから75ミリに持ち替えたときに「世界が違って見える」と言ったそうですよ。

 

僕は90ミリ派です。75ミリは使いません。理由は80ミリつきの方がデザインが好きだから。レンズが大きいせいでバランスがいいんです。

シャッターフィーリングは75ミリの方がいいんですけどね。

75ミリにするか80ミリにするか。これは完全に好みの問題でしょう。

 

先ほどレンズにはプラナーとクセノタールの2種類あるといいましたが、これはレンズを供給しているメーカーの違いです。

 ローライ社は自社ではレンズを作らず、同じドイツにあったカールツアィス社とシュナイダー社にレンズ設計を頼んでいました。

カールツアィス社製がプラナー、シュナイダー社がクセノタールです。1980年くらいまで新品が買えたそうですが、その時はプラナー付きの方の価格が若干高かった。そのせい中古でもプラナーが人気で値段もちょっと高い。

 

よく「プラナーの方が柔らかい描写で、クセノタールはシャープだ。ポートレートにはやっぱりプラナーだよね」とか言われますが、30年使って山ほどプリントしても、あとで見たらプラナーとクセノタールのどっちで撮ったかなんていまだにわかりません。これも誤差みたいなもんです。

 

これを言うとローライ好きには怒られそうですが、どっちのレンズもハッセルに比べたらたいしたことありません。

ハッセルの標準レンズも、カールツアィス製のプラナー80ミリf2.8で、レンズ構成は変わらないはずですが、ハッセルの方が、あきらかに発色がいいし、プリントしやすい。全然違います。これはレンズコーティングの差なんでしょうかね。

1枚プリントするのに、ハッセルだと3枚でOKが出るとしたら、ローライはその倍以上かかる感じです。

 

それでもローライを使い続けているのは、形が可愛いから。ローライをぶらさげていると、カメラ好きの人たちが近寄ってきて声をかけてくれます。人を魅了するデザインなんでしょうね。目玉がふたつあるというのが大きいのかも。

それと壊れづらいし、交換レンズを考えなくていい潔さがあります。

さっきは、たいしたことのないレンズだと言いましたが、その辺も可愛い要素のひとつ。優等生のハッセルに比べて、なんにつけも個性派です。

 

2眼レフのローライを使って作品を撮っている作家というと、やっぱり川内倫子さんでしょうね。彼女の写真に憧れてローライを手にしたと言う人は多いはず。

 

ハービー山口さんといえばライカなわけですが『代官山17番地』ではローライを使っていました。

あとは硬派なところで有本伸也さん。写真集『西蔵から肖像』や新宿のポートレートでローライを使っています。

 

でもあらためて考えてみると、「ローライフレックス」って有名な割には作品として残っているものが意外と少ない気がします。これがハッセルで撮った作品というと山ほどあるのですが。

 ちなみに僕が出した5冊の写真集は、すべて2眼レフローライで撮影したものが入っています。もしかしたら珍しい存在かも。

 

ここで僕が使っているローライを紹介します。いままで2眼レフタイプのローライを4台使ってきました。

 先ほど話した30年前に手に入れたローライは、2.8Fクセノタール。80ミリのレンズ付きです。銀一カメラで26万円しました。使ってみたらとてもしっくりきて、翌週に28万円の2.8Fプラナーを買いました。29歳のときです。クレジットカードの限界額を超えていたので、買うのにひと苦労しました。

 

なんでそんな高いものを、続けて2台も買ったかというと、まず1990年当時はローライがあまり売っていなくて、コレクター用の美品しか置いてなかったのと、仕事のカメラは2台必要という思い込みです。

フィルム時代は必ず同じカメラを2台以上揃えていました。

 

ローライを手にしてからというもの、仕事でもプライベートでもローライがメインカメラです。その2台で撮ったのが南の島のシリーズ『午後の最後の日射』。僕の初の写真集です。

 

それから10年後、クセノタール付きは当時のアシスタントにあげてしまって、残ったプラナー付きを使っていたのですが、落っことして壊してしまいました。そこで新たに2.8Eのクセノタールを買いました。

2眼レフのローライはタイプが数種類あって、いま流通しているのはFタイプが多いと思います。年台によってA、B、C、D、E、F、T、GX、FXとあるんです。

 

2.8Fじゃなくて2.8Eした理由は安かったから。Fに比べてEタイプはファインダーとスクリーンが交換できません。大きな違いはそのくらいなのですが、値段が2〜3割違います。それで撮ったのが3冊目の写真集『da.gasita』です。これはすべて2.8Eのクセノタールで撮りました。

 

2016年に、あらたに2.8Fプラナーを友人から手に入れ、また2台体制になりました。これには改造したマミヤRZ67のファインダースクリーンが取り付けられていて見やすいので、近頃はプラナー付きを使うことが多いです。

 

2台使っていても、相変わらずレンズの違いは分かりません。

アクセサリー類として普段使っているのは、レンズフードとストラップくらい。

モノクロ用のレンズフィルター数種類と、クローズアップ用のローライナーを持っていますが使うことはありません。

 

最短距離が1メートルの「ローライフレックス」ではローライナーが必需品と言われていますが、経験上クローズアップでまともな写真を撮れたことがないので使いません。

むしろ最短距離1メートルはリミッターだと思っています。僕はローライを使うときには1メール以内のものは視野に入れません。だからリミッターなんです。

 

当時のローライ社の技術力がすごかった例として、フィルムの装填が上げられます。ハッセルはフィルム交換にかなりの慣れを必要としますが、ローライはフィルムをゲートに通してスプロールの先端に差し込むだけで確実に巻き上がります。失敗したことはありません。

 

通常、ブローニーフィルムと呼ばれる幅広のフィルムを使う場合、スタートマークというものをガイドに会わせる必要がありますが、ローライは1枚目を自動検知するので必要なし。フィルムの厚みを感知する仕組みです。

 

ローライは手早く装填できます。ハッセルの方は、最初のうちは必ずと言っていいほど失敗します。

 

それからローライのストラップは、ワンタッチで取り外しができるのです。このカニの爪とよばれる方式はワンアクションでカチリとボディにつけられて、ワンアクションで取り外せる。すごいですよね。こんな手の込んだストラップは他にありません。

 

ちなみに僕のプラナー付きの方は、露出計の出っ張りが邪魔だったので修理の時に外してもらって蓋をしています。内蔵露出計は使ったことはありませんが、結構使えるという人もいます。

 

2眼レフローライは、ほぼメンテナンスフリーと言えるのですが、一旦壊れると内部が時計のような複雑さなので、修理のできる人が限られています。

以前は都内にそういう人がいたのですが、やめてしまったので、今は熊本の「中村光機」さんにお願いしています。

この2台も先日オーバーホールしたばかりで絶好調です。

 

 

お昼はカップヌードルで作るチャーハン。今日はシーフード味。

3月11日水曜日 今日の気温は20度くらい。東京では桜が咲き始めているようです。とはいえ、外に出ていません。

 

YouTubeを見ていたら写真系YouTuberではもっとも有名な『ジェットダイスケ』さんが『じゃない写真』を紹介してくれていて、びっくりしました。すると登録者数が一気に上がり、さすがだなと。

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すぐにジェットダイスケさんに連絡してお礼かたがた話を聞かせてくださいとお願いしました。

地方にお住まいなので、すぐには実現しませんが、いずれインタビューさせてもらえると思います。

 

色々なイベントも中止になっているしーワークショップHの7期も先週から始まる予定でしたが延期することにしました。

こんなご時世だから「オンラインワークショップ」をできないか思案中です。ZOOMというオンライン会議サービスを使うといいと教えてもらったので登録してみることにしました。

座学はオンラインでやって、撮影実習は、通信教育のスクーリングみたいな感じで行う。そんな形もいいかなと。

ただ問題は収録。無観客だと講義ができない。声はちっちゃくなるし、カミカミになるし。収録は相手がいたほうが全然楽。

 

さて先月の終わり頃にやった八戸のワークショップは大盛況でした。3日間でトークイベント3回、撮影実習1回。これは今後の地方ワークショップのひな形になりそうです。

トークイベントの内容は『現代アートってなんだ?』『肖像権と著作権』『写真集を読む アメリカ写真の系譜』の3本立て。決して簡単な話じゃないはずですが、八戸の皆さんは前のめりで聞いてくれました。

 

とくに撮影する人には身近な肖像権については、4人一組になってもらってジャンケンをしてもらい、2対2になって最近話題になった「ある事例について」議論をしてもらいました。

ジャンケンで買った方は擁護、負けた方はそれについて非難してもらいます。役割を決めて話合うことで自分の考えが意外ともろいものだと感じてもらうことができるのが目的です。ディベートに近いかな。

良い悪いというものは立場によって変わるもので、ものごとは曖昧な部分が多いということを感じてもらいました。

もうこうなると写真のワークショップの領域ではないのですが、僕のワークショップではこういうことを常に考えています。

 

次回の八戸ワークショップは2021年8月に開催するということになりました。知り合いも増えて、年一度の楽しみになってきました。

今年はすでに札幌開催の日程がほぼ決まり、他にも栃木の足尾、鹿児島、屋久島、天草、新潟などで動いてもらっています。

とにかく一刻も早く収束して、また元通りの生活になることを願います。それまでは免疫力高めることくらいしか、やることがないので。

 

 

八戸ワークショップに参加者の感想をいただきました

2020年2月22日~24日

 

  • 今回このような大変貴重なワークショップに参加する事が出来て、本当に嬉しく思っております。たまたま開いたFBのタイムラインでお見かけした案内に、滑り込みで申し込みが出来て本当にラッキーでした。私は、写真を撮るのは大好きなのですが、まだまだ技術的にも知識的にも全然でしたので,そんなレベルで参加しても大丈夫だろうかと少し不安でしたが、渡部先生のお話はとてもわかりやすくまた今後に活かしていける事ばかりで、非常に勉強になりました。構図のお話など、なんとなくふわっとしか分かっていなかったので、目から鱗と言いますか、なるほど、そう言うことか~!と(完全ではないと思いますが)自分なりに理解することができました。カメラも全然使いこなせていないので、今回教えて頂いた事を反復しながら、これからの作品に活かして行きたいです。さっそくストロボ買おうと思って探し中です(笑)

まずは、フェルメールラインを探しに行きたいなと思っております!ガチガチに緊張して参加したのですが、スタッフの皆様にも、気さくにお声がけ頂いたりと大変良くして頂き、とても気持ち楽に臨むことができました。

素晴らしい機会を頂き、本当にありがとうございました!渡部先生にも、どうぞお礼をお伝え頂ければ幸いです!またワークショップなど企画がある際はご案内頂けるとのことで嬉しいです。SNSやチラシなどはタイミングによって見逃しがちなので、大変ありがたいです。お手間おかけしますが、ぜひとも宜しくお願いいたします!参加者の皆さんとの懇親会も楽しみにしております!以上、長々と申し訳ありません。この度は本当にありがとうございました!

 

  • 皆さんにただただご迷惑をおかけしたんでは?!と心配です。心に残ったことは、逆光で撮るということです。「逆光だから、立ち位置変えて。」とよく言ったり言われたりでしたが、全然良いんじゃん!!写るじゃないか!と驚きでした。

 

  • この度のトークイベントは、とても面白かったです。

ウクレレコンサートから入るという意外性も、場の雰囲気が和らいで良かったです☆渡部さんのお話の中でも、「人は、定義したモノしか見えない」ということが、衝撃的でしたが、物凄く納得しました。あまりに衝撃的だったので、あれから会う人ごとにこの話をしています(笑)こうしてみると、「お茶会の茶托」の話も、よくわかります。私自身が、感銘を受けた体験を、他者に「伝えて、拡散する」からです。渡部さんは、今の世の中を分かりやすく見せてくださいましたので、もっと、多くの人に聞いて欲しいと思いました。こういう貴重な機会にお誘い頂き、本当に有り難うございました。

渡部さとるさんに、是非またお越し頂きたいですね

 

 

  • 私はカメラワークショップなるものに参加するのは初めてでしたが、大変楽しく参加でき、勉強にもなりました。ありがとうございました。ポートレート写真の実践では、人を撮ることを通して、光の方向や扱い方を学ぶことができました。また、同時に参加者同士でコミュニケーションもとることができ、楽しく学ぶことができました。構図の講座では、理論なところも触れながら、レイアウトの使い方など実践的な部分も学ぶことができ、興味深く聴くことができました。他の参加者同士の写真を例に挙げながら、写真の評価・改善点など、先生のアドバイスを頂けて良かったです。また、参加者の写真の個性にも触れることができ、面白かったです。運営につきましては、参加者の皆さん一人ひとりに丁寧にお気遣いしていて、とても良かったと思います。個人的には、講座の初めに参加者・運営側の自己紹介などがあれば、もう少し緊張をほぐしやすいのかなと思いました。プロの先生から写真のお話しを聴けて大変良い経験になりました。本当にありがとうございました。今後もこのようなワークショップなどがあればぜひ参加してみたいと思いました。

 

 

  • 何の知識もなく参加しましたが、一番心に残った事は、お茶会の時のアート写真でした。今や写真から飛び出して、その時の空気が伝わる作品が受賞する。そんな話しから、視点を自由に表現してみたくなりました。

 

  • 私もすごい体験をさせていただき感謝しています!ウクレレもみんな結構必死に練習してかなり上達できたと思います、今回の企画のおかげです。渡部さんのお話は、淡々と事実を積み重ねまさにそのまま起きている現象をカメラで記録して並べているような、何も手を加えない、わからないものは、わかる時まで解釈しないという謙虚さがとても、参考になりました。また、お会いしたときに色々感想を伝えたいです!まずはありがとうございました。

 

  • 楽しい時間をありがとうございました!

写真や現代アートの事、とても楽しかったです。渡部さんの話口も優しく、聞きやすかったです。本当に楽しく、とても勉強になり、とても良い1日になりました。最近iPhoneやコンデジばかりでしたので、「カメラを持とう」という気持ちが再燃しました、笑。(コンデジもカメラですけど。。。ここのところはスマホのような感覚で使っていたのは確かです)

写真を撮っているみなさんに出会えたのもとても嬉しかったです。

 

  • 私は自分のカメラを持つようになって1年なのですが、誰かと一緒に撮るというのをした事がほとんど無くて、和気あいあいとした雰囲気がよかったです。渡部先生もすごく話しやすい方で、座学実習ともに楽しかったです。

参加者の方で写真を持ち寄るというのもよかったと思います。水中写真やタイムラプスは幻想的でしたし、自分で現像してらっしゃることにも驚きました。私は本当に知らないことがたくさんあって…写真の奥行きや深さを感じました。いろんな見方、撮り方があってもっともっと撮りたくなります。感想が長くなってしまいました…まだ言い足りないこともあるような気がしますが笑

 

 

今年は不思議と花粉症にならない。人参食べてるせいか?

なんだかテレビでニュースを見ていると世界の終わりみたいな感じで、まるで映画ワンシーンのようだ。今週末から始めるよていだったHの7期は延期することにした。もう個人でどうこうできる状態じゃないね。

 

参加するはずのイベントも中止となったし、ワークショップもできないし、かといって時間ができたからどこか海外に遊びに行くというわけにもいかないよなあ。

いつもなら3月はアートバーゼルとブックフェアで香港に行くことになっているのだが、当然それも中止。やることないので、YouTubeの編集ははかどる。今は小林紀晴さんのインタビューの編集中。新しい写真集がどのうように作られたかを話してもらった。

 

動画の編集はやたらと時間がかかる。50分で集中が切れるので、10分間お休み。学校の授業と同じだ。あの時間割は結構理にかなっているのかも。その10分間は新しいカメラで遊んでいる。

 

『シグマfp』世界最小のフルサイズミラーレス機だ。専用レンズの45ミリF2/8 つき。あるシグマファンの方から貸してもらったのだ。

 

昨年の新製品発表会では大きな話題を呼んだ。でも発売されるとソニーのミラーレス機と比べられてしまって分が悪い。シグマのカメラを他のメーカーと比べるのはナンセンスなんだけどね。

もっとも僕もちょこっと触っただけだが「まあ、これを買うことはないな」と思っていた。

ところが実機を触っていくうちに、ちょっとづつ意識が変わり始めてきた。最初の評価が低かったせいか、すべてが加点方式になる。これが最初の期待値が高すぎるとちょっとしたことでマイナスポイントになるわけ。

今時手ぶれ補正もついていないし、静止画はまだしも動画でのAF性能はお世辞にもよくない。フラフラとAFが迷い、あげく盛大にピントを外すことが多い。

僕のインタビューの動画撮影でAFを使うことは難しそうだ。

静止画も2460万画素と今時のカメラとしては物足りない数字だ。これといった際立つものはないのだけれど、データをパソコン上で確認すると、びっくりするほど解像感がある。なんだかフォヴィオンぽいい。

そして圧倒的に気に入ったのがカラーモードの「CINEMA」と{ティールアンドオレンジ}。「CINEMA」は若干イエローが入っていて、昔のコダックフィルムの発色だし、人物撮影には{ティールアンドオレンジ}がぴったり。全体はシアンで顔色あけ黄色と赤が出る設定になっている。

 

まだまだ休み時間に部屋の中を撮っているくらいだけど、日に日にかわいく思えてきた。

 

 

 

 

『じゃない写真』発売記念トークイベント

『じゃない写真 現代アート化する写真表現』発売記念 トークイベント

2020年2月5日 

銀座蔦屋書店

 渡部さとるx山田裕理 (東京都写真美術館学芸員)

 

  • 「愛について アジアンコンテポラリー」展

 

渡部 こんにちは、渡部さとるです。今日は、僕の『じゃない写真』の出版記念として、東京都写真美術館(以下、都写美)の学芸員山田裕理さんにお越しいただきました。伺いたいことがいろいろあって楽しみです。よろしくお願いします。

山田 よろしくお願いします。

渡部 山田さんは、早稲田大学を卒業後に「IZU PHOTO MUSEUM」に入られたそうですが、留学経験は?

山田 海外作家を担当することが多いので、よくそう聞かれることがあるんですが、実はないんです。

渡部 現代作家を扱うキュレーターの方々はイギリス、オランダ、ドイツなどに留学経験の方が多いようですね。

山田 そうですね、森美術館の館長である片岡真美さん、ブリジストン美術館(2020年1月に「アーティゾン美術館」へ名称変更)の副館長、笠原美智子さんなど、留学していた方は多いですね。

渡部 笠原さんは、以前は都写美のトップとして活躍していた方ですよね。山田さんは、その笠原さんと入れ替わりで入ってきたそうですね。

山田 はい、そうです。

渡部 笠原さんの後任として来たっていうのは、すごいですね。

山田 私は「IZU PHOTO MUSEUM」に3年半ほどいてから、都写美に来たのですが、決まった際に、笠原さんから「あなたは私の後任だから」とお電話をいただいて。もうその時は、「はい」とも「いいえ」ともお返事できず(笑)

渡部 笠原さんにそう言われたらしかたないですよね(笑)。そして都写美で、山田さんが最初に手掛けたのが『じゃない写真』の中でも取り上げている「愛について アジアンコンテポラリー」(2018年10月〜11月)展だったんですね。

山田 はい、そうです。

渡部 この展示の構成スタイルは、僕が2010年ぐらいに海外で見ていた展示とそっくりだったんですよ。実は当時僕は、なんでこの方式が海外でこんなにも受けているのかがわからなかった。写真自体は、地域及び身近な人たちを扱ったポートレートなんですが、どれも無表情で、写真を見ただけでは、なにも伝わってこない。それでテキストを読むとその背景がわかる。だけど、それがわかったからと言って、スッキリはしなくて、何かモヤモヤしたまま終わっちゃうということが多かったんです。海外に行ってテキストを読んでも、細かいところまで理解できなかったこともありますが、「なんでこれが写真なんだろう」とずっと思い続けていました。

 それが、今回出版した『じゃない写真』を書く、ひとつのきっかけにもなったことです。だから、2018年に「愛について アジアンコンテポラリー」をみたときに、「そうか! 都写美もとうとうここまできたか!」と(笑)。

山田 「愛について アジアンコンテポラリー」展は、中国、韓国、在日コリアン、シンガポール、日本、台湾の6つの地域の女性写真家にフォーカスした展覧会でした。笠原さんから引き継いだ企画でしたので、すでに日本の作家以外の5名については決まっていました。私は、そこに日本の作家を1名入れるようにと、笠原さんからのお題をいただき、構成しました。

 笠原さんは、社会学を学んでいたということもあって、ビジュアルよりは、いま、渡部さんがおっしゃったように、みるだけではわからない、その裏にある社会的な背景ですとか、難しい言葉出言うと、コンテクストを重要視する学芸員だなと感じました。

渡部 コンテクストを日本語に訳すと、「文脈」となるのだけど、これが非常に難しい。たとえば、アジアの中で台湾はどういうものなのか、香港はどういうものなのか、そういうことを知らないと読み解けないものが多いですよね。わかりづらいというか、どうみたらいいのかと。この写真展の評判はどうだったんですか? 

山田 タイトルが「愛について」だったんですが、それがまずひとつの難関。壁を越えなければいけなかった(笑)。女性のアジアの作家で、さらに「愛について」ってどういうことだっていう戸惑いが来場者に多かったのではないでしょうか。

渡部 要は「愛」っていう漠然とはしているものの、皆さんが持っている「愛の写真」とはまったくかけ離れた作品で、見てもさっぱり癒やされないし、心が温かくもならない。どちらかと言えば、冷たい表情の写真が並んでいましたからね。

山田 そうです。愛って人それぞれで、たとえば、荒木経惟さんの写真が「愛だ」っておっしゃる方もいれば、そう思わない方もいる。「愛」という言葉から思い浮かべる作品や作家は人それぞれですよね。さらに、あまり日本に馴染みのない作家を紹介したということもあって、戸惑う方もいらっしゃったかと。いい意味でね。

渡部 僕自身は、あの写真展はニヤニヤしながらみてしまった。たぶんほとんどの人がクビをひねってみて行くぞってね(笑)。なぜかというと、さっきも言ったように、10年前に僕もこういう展示を見たとき、ずっとそうだったから。そしてそれを理解するにも、結構な時間がかかりましたから。

 解決策というわけではないのですが、この展示について、僕なりに仮説を立てて『じゃない写真』の中で、ひとつのコラムとして書いていますので、最初に読んでもらうと、わかりやすいかもしれません。

山田 私たち学芸員も展覧会を構成していく中で、たとえば、「愛について」なら、この6人の作家たちの「愛」はすごく力強くて、何かを超えなければいけないもの、“愛は決して生ぬるいものじゃない”ということを伝えてくれる作家たちだと感じ、どうやってそれが伝えられるかを考えながら構成していきました。

 そういう意味では、『じゃない写真』は、ひとつの手がかりになると思います。実は、私たち自身も常に考えてモヤモヤしていることを、渡部さんが率直な言葉で表現してくださっているので、「そうそうそう」って思いながら読めました。

渡部 評論家の方に「我々には書けない」と言われちゃいました(笑)。あまりにもうかつなことばかりで、こんなふうに物事を切り取っていいのかっていうことなんでしょうね。でもしょうがないですよね、長年写真を生業にしている僕が困ってしまった話なので。率直にこういうことで困ったので、解決としては、こうじゃないかと書いちゃった。

 

  • 杉本博司の「今日写真は死んだ」

 

山田 この本の中で、杉本博司さんのことが書かれた「今日写真は死んだ」のコラムがとても印象的でした。2016年に都写美のリニュアルオープン時に行ったのが、杉本博司さんの展覧会だったのですが、そこでの渡部さんの感想が綴られていました。あらためてお伺いしたいのですが。

渡部 最初にその告知を知ったときには、杉本さんと言えば、日本を代表する写真家なので、当然の人選だと思いましたし、杉本さんの写真は森美術館でクロニクル的な展示を見ていたので、都写美もそうか思っていたんですよ。半分はそれを期待していました。劇場シリーズも自然史シリーズも全部観たいとね。でも、いざ行ってみたら3階には、写真がほとんどなかった。そこは見世物小屋のようになっていたんです。それも、彼がコレクションしているアンティーク物。化石から始まって戦後ぐらいまでの自身のコレクションが展示してあり、迷路のような感じで会場を巡っていく構成でした。

 2階に降りていくと、部屋が斜めにパーテーションで仕切られていて、片方の面には、「新劇場シリーズ」が展示してありました。これは、朽ちてしまった実際の劇場にスクリーンを張って、映画1本分映写するその光で、劇場内を撮っている作品です。

そしてもう片方の面には、京都の三十三間堂の千仏体を撮った作品が展示されていました。周囲の壁には、写真はありませんでした。

 まず感じたのが、片方は映画1本分の“刹那”で、もう片方の千仏体は“永遠”をあらわしていて、これは杉本さんがずっと考えている“時間”という概念を、非常にうまくレイアウトしているなと。

 だから、いまや杉本さんは、世界を代表するアーティストで、自らも「写真家」ではなく「美術家」とおっしゃっている方が、都写美のリニュアルオープンだからといって、クロニクル的なことを唯諾々とやらないということも理解できたし、ちょうど、その頃から僕自身、海外の写真展がどこもお化け屋敷化しているのを観てきていたので、抵抗はなかったですね。

山田 私もあの展覧会は、ある種の出来事的だったと感じています。写真美術館というのは、ある種の「権威」でもあって、ここで展示を行ったというのは、歴史となっていくもの。そういった場で、あのような展示ができたことは、大きな意味があったのだと感じています。

 もちろん、実際には賛否両論があったのですが、「これは写真じゃない」「これは写真だ」の境目がだんだんなくなってきている中で、現代アートの中の写真として位置づけていく第一歩だったのかなという印象はありました。

渡部 あれから、都写美がどんどん現代アート化していくのがみえて、いますごく好きなのが、2階に上がると、現代アート化している展示で、3階に行くとコレクション。地下は、いわゆるみんなが楽しめる写真を用意しているところ。みたい場所を選べるのがいいですね。

 

  • 展覧会は5年という期間をかけてつくりあげる

 

山田 渡部さんは、都写美のことをよくご存じでびっくりします。でも渡部さんのお話を聞いていると、ただここの展示をみているだけでは、絶対にわからないことですよね。海外のフェスティバルなどにもずいぶん行かれているからなんでしょうね。

渡部 香港で毎年行われているアートバーゼには5年間、写真だけではなくて、現代アートを含めて見に行っています。それからアルルのフォトフェスティバルも好きです。2020年も行く予定ですが、ここを体験すると、いま何が起こっているのかわかりやすいんです。美術館と違って、フェスティバルは、比較的すぐに開催できるものですから。先ほど、山田さんがおっしゃったように、美術館は権威あるものだから、企画にも時間がかかりますよね。どのくらい期間をかけるんですか?

山田 都写美では、5年前ぐらいに企画を出します。そこから徐々に展覧会に向けて動き出します。美術館によってばらつきはあるのですが、作家との関係を築いていくには、そのくらいの時間が必要になります。

渡部 2007年に海外の美術館関係者と会ったとき、同じ質問をしたことがありますが、やっぱり「短くて3年、普通は5年ぐらい」と言っていました。ただし、その年月をかけて作家と作品を作り上げていくので、「出来上がっている写真はいらないのよね」って衝撃的な話をされて、びっくりですよ。当時の僕は、完璧なプリントを目指していたので、完璧な作品をつくってプレゼンしようと思っていたら、「そういうのはいらない」って言われちゃったんです。

 「いまここにあるものを面白いから使わせて」っていうのがフェスティバルだとしたら、美術館は長いスパンを考えている。つまり、いま出来上がっているものは5年後には古くなってしまうから、その間に一緒につくっていきましょうというスタンスだった。それにすごくびっくりしました。

山田 作家を選ぶ段階で、その方が、5年後にもしっかり作品をつくっていけると判断しているということですよね。

渡部 都写美で毎年やっている新進作家展についても、5年前に作家を選ぶんですか?

山田 企画自体やコアな作家は5年前ぐらいに決めるますが、そこから変更したり追加したり。フィックスされるのはだいたい1年ぐらい前ですね。

 

  • テキストレスとお化け屋敷化する写真展

 

山田 渡部さんは、2007年から、そうやって海外で様々なことを見聞きされていましが、いま行かれると、また変わってきていますよね。

渡部 そですね。「愛について」のときはまだテキストがあったけど、最近ではこれがなくなってきた。読み解きを個人にゆだねることが多くなってきていますね。2018年の新進作家展「小さいながらもたしかなこと」は、テキストレスになっていましたよね。

山田 はい。ご覧になってどうでしたか?

渡部 実は、自分でやっているワークショップで、少し前に「これからはテキストレスの時代がくるぞ」って断言していたんですよ。それで見に行ったら、そうなっていた(笑)

山田 すでに先を読んでいたんですね(笑)。

渡部 なぜかと言えば、海外の展示がファンタジー化しているのを感じたていたからなんです。それまでは、先ほども言いましたが、社会的背景をベースにして、テキストをはっきりさせた作品が多かった。それがどんどん曖昧になってきて、いわゆる、現代アートというか、いろいろなものに依存しないタイプのものが増えてきた。何にも依存していないのであれば、テキストはいらなくなる。たとえば社会とか概念などに依存していると、それをカバーしていくようなテキストが必要になるけど、それをまったく無視しているから、「次が来た来た」って感じがしていたんです。

山田 写真は特に難しいですよね。私たちは、文字の情報に強い。たとえば、よくわからないポートレートがあったとして、そこにたとえば、「愛」とタイトルがついていたら、これはなにか「愛」を表現している写真なんだと思ってしまうものです。でも、私は、そういう見方はもったいないかなと感じていて。もちろん、作家さんの意図するものがあって、そういうふうに仕向けたいという場合もあるとは思いますが、そうではない場合は、まず文字から入ってしまうのは、もったいないと感じています。

渡部 実はね、我々の世代には呪いの言葉があってね(笑)。それが「あなたはこの写真で何をやりたいんですか」。これ、ずっと言われ続けてきたんです。そんなものはないのに、ムリムリ言語化が必要で、それを説明する行為が必要だと言われてきました。でも、最近の若い作家たちがいとも簡単に「ないです」って答えるようになってきましたね。

山田 たとえば、小説家は文字を書き言葉によって何か伝えるプロ。であるなら、写真家は言葉ではなくて、ビジュアルのイメージから何かを伝えるプロだと思います。もちろん、写真家の方で、言葉が上手な方もいらっしゃるんですが、それがマストではないと私自身も感じています。

 

  • 未来を予測し、いまの展示を考える

 

渡部 いま、都写美では写真をどのように考えているんですか? 先ほども「権威」という言葉がでてきましたけど、都写美に展示される写真は、もっともよい作品だと皆が思うし、たとえば、新進作家展に選ばれるということは、次世代を期待される写真家だと思ってみに来るわけですよね。都写美は、どういう基準で作家を選考しているんですか?

山田 現在、都者美には、13名の学芸員がいます。その中で写真、映像、それから、ワークショップなどを担当する教育普及と、大きく3つの部門に分かれています。展覧会は皆で関わりますが、作家選定については、学芸員にほぼゆだねられています。学芸員それぞれによって基準といったものは違っていると思いますが、私自身は、まずは美術館である以上、写真の歴史を作っていかなくてはいけないと思っていいます。

 ですから、金子隆一さん、飯沢耕太郎さんなど、近代写真のメイストリームをつくってきた方々は大事にしたい。加えてそこからこぼれ落ちているところは何かを考えて、それを拾い上げる作業も大事にしています。

 平行して、現代の作家のなかで、今後、何十年経ってから重要になってくる作家は誰だろうと考えながら選定しています。未来を想像しながら、いまの展覧会がどうあるべきかを意識して、現代作家の展覧会をやっていく必要があると私自身は考えています。

渡部 新進作家展は、毎年気になってみに行っています。

山田 新進作家展は、学芸員によっては、ベテランの方を選ぶ年もあれば、本当に新進の方を選ぶこともあるんです。写真家の方々にとって、登竜門的な展覧会になればと思っています。

渡部 2019年末の新進作家展「至近距離の宇宙」展では、わかりやすく言えば、ゲームの中のデジタル画像をキャプチャーして、それを一度モノクロネガに起こしてからゼラチンシルバーに焼き付けるという手法を用いた作家がいましたね。つまりこれは、現実を撮ってないわけですが、トークショーでこの作家の相川勝さんに「今後、あなたは写真家としてどのような活動をしてきますか」といった旨の質問をしたらしいんです。すると彼は驚いたように「僕は自分のことを写真家だと思ったことはないです」って答えたそうです。だからもう、写真家とか現代アーティストとかの概念がぜんぜんなくなっている感がある。それはある意味、ずっと写真を続けてきた者からすると、戸惑うというか、恐怖すら覚えるようなこと。これから写真はどこへいっちゃうんだってね。

 

  • 再び“記憶する、記録する写真”から離れようとする作家たち

 

山田 写真は、芸術や美術の中でもとても特殊なメディアですよね。なぜなら、何かを記録したい、記憶したいという欲望によって生まれたものなので。19世紀の早い段階で芸術としての写真は出てくるんですが、普通の方々にとっては、本当に記録するものでしかない。そういった環境のなかで、現代アートがはいってきて、どう一緒に考えていかなければいけないか、難しいですね。

渡部 だから写真は、過去に何度も何度も、“記録する”ということから抜けよういった試みがありましたね。昨年都写美でやっていた「山沢栄子 私の現代」展(2019年11月〜2020年1月)でも、自分で紙を折ったり絵の具を使ったりしたものを撮っていましたね。抽象画の方法論ですが、“現実を捉える、記録するものが写真だ”ということから、離れようとしているのがわかって、すごく面白かったです。

 それから同時期に、先ほども話した「至近距離の宇宙」(新進作家展)をやっていたんですが、この中で、作家の濱田祐史さんが、アルミホイルでつくった“山”を撮っていましたね。実はこれは、「山」とはこういうものだという概念を、皆がもっているから、それが“山”としてみえてしまう面白い展示方法でしたが、僕は、山沢さんと濱田さんがやっていたことは、地続きというか、しきい値が非常に低いように思えました。

 『じゃない写真』の中でも書いていますが、森山大道さんも中平卓馬さんもそれをやろうとしていたんじゃないかと僕は思っています。

山田 そうですね。やっぱり記録するものから離れたいという意識はすごく強かった人たちなんだと私も思います。

渡部 でもわからないのは、森山さんが「記録」という写真集を連続で出していること。そのへんが矛盾しているように思うんですが、それでも『プロヴォーグ』(3冊目で廃刊)を見ていると、あきらかに写真から離れようとしていたようにみえます。2018年に『プロヴォーグ』が再版されて、はじめて3冊をじっくりみることができました。それで3号目になると、もはや写真が写真として成立する限界のところをつくっているのがわかります。情報量を減らして減らして、たぶんコピーを重ねているんでしょうか、物であるかどうかわかるかわからないか、ギリギリのところで、止めている。

山田 それは、どの時代もありますよね。

渡部 それが最近、また強くなっているのを感じています。『じゃない写真』でも取り上げていますが、横田大輔さんの写真も、『プロヴォーグ』と同じ考え方なんじゃないかと。何度も何度もプリントを複写して、情報量を落としていくことをやっています。だから、また写真から離れようとしているんだなと。

 

  • “何事にも線を引いて右左に分けない”

 

山田 都写美で、昨年「イメージの洞窟 意識の源を探る」(2019年10月〜11月)と題した展覧会を行いました。企画・構成したのは、当時学芸員だった丹羽晴美(2020年より、東京都現代美術館に在籍)で、私が実務的なことに落とし込んでいくという役割で関わりました。6名の作家の作品を展示していましたが、その中のオサム・ジェームス・中川さんの作品は、沖縄の洞窟を撮影した「ガマ」でした。観に来てくださった方は印象に残っていると思いますが、入り口すぐの天井から、墨を染みこませたりサビをつけたりした和紙に「ガマ」がうっすらとプリントされている作品を半円状にして吊しました。実は、ジェームスさん自身もおっしゃっていましたが、来場していただいた方から「これは写真じゃない」って言われること多かったですね。

 では、何をもって写真と言うのか、ということがすごく難しくなっている時代なのですが、今後も、版画と写真だったり、和紙と墨だったり、違う物がミックスされているハイブリッドの作品はたくさん生まれてくると思います。でもそれを「写真じゃない」と否定したところで、何も生まれないですよね。

 『じゃない写真』を読んで感じたのは、タイトルは「じゃない写真」なのに、読んでみると、すべてを受け入れている。否定的な意味で「じゃない写真」を使っていないんですね。そこが現代的だなと。

渡部 それは、たぶん、ずっとわかなくていろいろと調べていくうちに、先ほども言ったように、ヨーロッパの写真を知るのは、宗教の勉強をしないとわかないと思って宗教を調べたていくと、今度は哲学を知らないといけなくなる。それで哲学を勉強していくうちに現代思想までたどり着いた。そしたら、ここで言われている唯一のことは「線を引かない」だったんです。

 だから、現代思想の根幹のようなところで感じた、“何事にも線を引いて右左に分けない”ということが、僕は一番の本質だと思ったんです。ということは、写真もそうなんだなって。「至近距離の宇宙」では、ついに写真ですらない作家がいましたよね。

山田 はい、そうですね。

渡部 観た方います? 八木良太さんという方の作品の中に、パンチングメタルの立方体があったんですが、これ、ただ置いてあるだけだったんです。その視覚効果が面白くて、これも写真だなって思ったら写真になってしまった(笑)。

山田 そう考えてみると、新進作家展や先ほどお話しした「イメージの洞窟」などは、「視覚芸術」なのかなと。

渡部 そうね、写真とはとらえずに視覚芸術と言ってしまったほうがわかりやすいですよね。

山田 最近は、体験型インスタレーションも増えてきていて、耳から入る作品もたくさん扱っています。私たちも現代写真寄りの展示では、視覚って何だろう、写真ってなんだろうと、問いなおしている展示が多いんです。

渡部 いまの若い現在作家は本当に面白いことをしていますね。「こんなの写真じゃない」って言わないで、食いついて噛んでみるとすごく楽しいですよ。

 

  • イメージを壊したティルマンスの『コンコルド』

 

渡部 現代写真がわかりすらいと思っている方は、この本の「ティルマンス」のコラムを読んでほしいです。彼の写真は、写真的にとても美しい。自身で写真を撮らない写真家として有名なトーマス・ルフが、「僕もティルマンスぐらいうまかったら、自分で撮っているよ」といった冗談めいた発言があったくらいティルマンスの写真はすごいんです。

その彼の写真集『コンコルド』が、書店に山積みされていた時代がありました。90年代中盤の頃で、僕は当時、商業カメラマンで作家としての活動はしていませんでした。だから、「コンコルド」と聞いたら、機体の美しさとか、メタリックな輝きなどを写した写真かとおもきや、なんと、コンパクトカメラで撮ったもの。しかも、ブレてるし、写っている機体はとても小さい。「なめてんなこいつ」って思ったら、当時の学生がこれにものすごく食いついていたんです。のちに僕のアシスタントになった子から、「学生の頃にコンコルドブームがあって、みんなこぞってこの写真集を買い、展示があると若い子たちで一杯でしたよ。でもある一定の層からから上は誰もいなかったんです」と聞かされて驚きました。

僕はこれがね、現代写真の「黒船」的な存在だったんじゃないかと、いまは思っています。そこに最初に飛びついたのが学生だった。なぜかというと、彼らはまだ写真のコンテキストを持ってなかったから。「これが写真だ」という言い方をしなくてよかったからね。加えて、ティルマンスは、ストリートファッション雑誌で有名なカメラマンだったんで、学生が知っていたというのもあるんでしょうけど。

山田 “かっこいいコンコルドの写真”と思ったら違ったといういまの渡部さんのお話、まさにそれが写真の面白さだと思います。普段、自分たちが持っているイメージが壊される(笑)。日常と写真に写っているものが、相互に関係していく面白さですね。

渡部 そう、コンコルドって言われた瞬間に、僕たちの世代が頭に思い描くのは、かっこいいコンコルドの機体ですよね。でもその情報が裏切られてしまう。

山田 いい意味でね。

渡部 そうそう。実はこの写真集をみてから、僕は実際にロンドンでコンコルドをみたことがあるんです。ヒースロー空港の端のほうに小さくね。そうしたらね、本当にティルマンスのコンコルドに見えちゃった(笑)。僕の頭のなかで、コンコルドに対するイメージを見事に書き換えてしまったという意味では、ティルマンスの力、恐るべし(笑)。

 

  • 新しい写真の流れは、実はひとつ下の世代から始まっていた

 

渡部 僕は1961年生まれです。僕と同じ世代の尾仲浩二さんは、「CAMP」という森山大道さんたちがやっていたワークショップの最終メンバー。つまりここが境目で、僕たちは、ある世代の一番下なんだと思っています。というのも、ひとつ下にホンマタカシさん(1962年)、ふたつ下が鈴木理策(1963年)さんがいて、皆さんご存じのように、彼らはこの世代の先端になるわけですよ。

山田 過渡期の世代なんですね。

渡部 そうね、それを意識するようになったのは、僕の下の世代が、あきらかに今までと違うことをし始めたからです。だから気にはなっていたけど、ホンマタカシさんたちの世代が、90年ぐらいからやろうとしていたことが、僕にはなかなか理解できなかった。2000年あたりから、それが薄ぼんやりとわかり始めてきてきた感じです。

 面白いのはね、ホンマさんも初期作ではタイの少年ボクサーを撮った、ストレートなモノクロポートレートがあるんです。それは旧来のドキュメンタリー風たけど、そこからずいぶん変化していきましたよね。

山田 ええ、2011年に新宿のオペラシティで、個展をされたときには、「ニュード・キュメンタリー」というタイトルが付いていましたね。

渡部 従来のドキュメンタリーじゃなくて、もうひとつ別のドキュメンタリーを考えようとしていたのが、ひとつ下の世代からというのが、ちょっと面白いなって思っています。

先ほど、ホンマさんが2011年に刊行した写真集『その森の子供 マッシュルーム フロム ザ フォレスト』の新装版を見ていたんですが、彼は本当に写真が上手いなぁとあらためて感心してしまった。だから、僕たちのように、美しさを追求した世代の写真をちゃんと受け継ぎながらも、違うものを入れ込めた最初の人なんでしょうね。

山田 渡部さんが、先ほど、最近の人はコンセプトを聞かれても「そんなのない」って答えるというお話がありましたが、ホンマさんもそういう方ですよね。「これ、どういう意味ですか?」って伺っても、「なにもないよ」ってはぐらかされてしまうことがあったりします。

渡部 あ、そうかもね(笑)。そう考えると、実は新しい写真の流れって、僕のひとつ下の世代からもうすでに始まっていたんだよね。

 

  • 「あ、これ、じゃない写真だ」

 

渡部 現代アートをみるときは、いろいろな人と一緒に見て話すほうが楽しいですよ。僕のワークショップの講座の中にも、「美術館めぐり」として7〜8人で都写美に行く日があります。そのための知識として、こんな作家がいて、こういう作品があるということを話した上で行くんですが、そうすると、みんな会場で話をはじめます。自分の感想と違うことを誰かが言うと、「あ、そうか」と、もう一度写真を見直す。そうするとまた違った感じに思えることもあったりして、会場を行ったり来たり(笑)。これがひとりで見に行くと、いまの都写美の2階の展示はつらい(笑)。クビをひねって帰ってくることになる。だから少なくとも、3人以上でいくと、かなり楽しいです。なぜかというと、答えがないから。

山田 答えがないっていうことがわかるからですね。

渡部 そうそう。それがわかっちゃうとすごく楽しくなります。だけど皆さん、どうしても美術館の作品には、答えがあるものだと思い込んでいでる。これはたぶん、僕らは、名画の解説とかをずっとみていたからかもしれませんね。たとえば、テレビでやっていた「美の巨人」を知っていますか? あれは、こういうストーリーがあって、作家のこういう思いがあって、心血を注いだ作品がこれですっていう番組なので、そういうものが現代写真にもあるって考えてしまうのかもしれませんね。そうなると、理解できないような難しい作品を鑑賞したら、苦しくなっちゃいますよね。

山田 そこが博物館と美術館の違いですね。博物館は歴史的なことで、私たちがまだ知らないたとえば西洋についての解説があったりして、そうした知識を得られる楽しさがある。一方美術館というのは、感覚的に愉しむ場でありたいと私は思っていて、その作品自体の面白さを得られる場が美術館ではないでしょうか。

渡部 昨年の新進作家展はまさにそうで、あれは、本当に楽しかった。さっきも言ったパンチングメタルの立方体などは、目を近づけたり離したりすると、干渉という現象で、模様が見えるんですよ。

 現代写真をみるキーワードのひとつは、これは「視覚芸術」だと思って、思考をちょっとずらして考えること。額面どおりに「何が写っているんだろう」と思いながらみると、怒りだす方もいる(笑)。では、どうやって思考をズラしたらいいか。頭が堅いとなかなかズレないんですよね。だから、いろいろなことを見聞きすることが大事だ。僕がいまの都写美の展示をみていて面白いと感じるのは、ずらすことに成功したからだと思います。

山田 現代写真と呼ばれるような展覧会では、「こんなの写真じゃない」ではなくて、「あ、これ、じゃない写真だ」と思ってみていただいたら、すごく面白いと思います。

 

 

山田裕理 (やまだ ゆり)
千葉県生まれ。東京都写真美術館学芸員。専門分野は現代美術史、近現代写真史。早稲田大学文学研究科修士課程修了。IZU PHOTO MUSEUM(静岡)にて「フィオナ・タン アセント」展(2016)、「テリ・ワイフェンバック」展(2017)、「永遠に、そしてふたたび」展(2018)を企画。東京都写真美術館にて「愛について アジアン・コンテンポラリー」展(2018)を笠原美智子と共同企画した。共著に『ロベール・ドアノーと時代の肖像 喜びは永遠に残る』(ベルナール・ビュフェ美術館、2016)など。

 

 

 

地方で出張ワークショップができるようになりました

2月18日火曜日、東京は良い天気です。なんだか春の陽気ですね。

 

ワークショップ「H」7期は3月7日の土曜日から始まります。現在募集中です。すでに7名の方から応募があったので、あと3名ほど余裕があります。告知はほとんどしていないので、ご存じない方もいるかと思いますが、概要欄にHのサイトのリンクを貼っておきますので是非。

実は東京でのワークショップは、7期以降、しばらくお休みするかもしれませんので、興味のある方はお早めに。

 

今週末、22日から3日間は、八戸でワークショップを開きます。昨年に続き2回目なのですが、すっかり八戸のファンになりました。人もいいし、ご飯もおいしい。ちょうどいい町の大きさなんです。

 

今回は写真のワークショップ以外にも、ブックセンターで写真集の話をしたり、カフェで現代アートの楽しみ方の講座を開きます。

これは僕のワークショップに毎週八戸から東京まで通ってきてくれた方が、地元で企画してくれています。

実は八戸以外にも、北海道、岩手、宮城、福島、長野、静岡、名古屋、京都、大阪、岐阜、兵庫、福岡から通ってくれた方々がいました。

 

わざわざ地方から東京に出てきてまで知りたいのは何か、と考えたら、情報ではないのは明らかです。それはネット上にいくらでも転がっていますから。知りたいことはだいたいのっています。

それに僕のワークショップに3ヶ月通ったからと言って、プロ並みになれるという言い方はしていません。

でも「H」に来たら、ちょっとだけ考え方が変わるかもしれない。写真の話をすることで、ちょっとだけ楽しくなれるかもしれない。これは会って話をしないとだめなんです。

 

よく「オンラインでワークショップの内容を流したらどうですか。そうすれば地方に住んでいる人も参加できますよ」と言われるけど、そうすると情報を売る作業になってしまう。情報以外のことが大事だとすると、どうしても会わないといけない。

だからずっと少人数対面式にしているわけです。そして「H」で一緒にご飯を食べることもしています。ご飯って結構大事だと思っているからです。「同じ釜の飯を食う」って昔から言うけど、あれは真理だと思います。

 

東京だけではなくて全国に出張したいという気持はずっとあるんです。でも交通費、宿泊代などの経費がワークショップ受講料だけではどうしてもでない。呼んでもらった主催者側に負担をしいることにもなってしまう。

それでもいままで札幌、八戸、名古屋、屋久島などに呼んでもらうことができました

 

それをもっと増やせないかと、ある団体に助成金を申請してみることにしました。

それが審査を通り、1年間という期限付きですが地方ワークショップ開催の支援をしてもらえることになりました。

準備にしばらく時間はかかりますが、積極的に地方に行けることになりました。全国どこで伺います。

 

 今年はたくさんのところに行けることになりました。

これは僕にとって大きなことで、ワークショップをしながら、先々で写真を撮ることもできる。

それをまたYouTubeで配信していける。やっていることがちょっとづつ繋がってきました。

 

 

 

H7期の募集開始です

ワークショップH7期 募集開始します 

(2020年3月7日/8日スタート 全12回)

 

日程/毎週土日開催(いずれかを選択)>

★1 回目 3月7日/8日  「写真のレビュー」

 初回は参加者の方々が普段どんな写真を撮っているのかをレビューしていきます。

★2回目 3月14日/15日  「写真表現に必要なこと」

 解像度というと、カメラの画素数を思い浮かべますが、絵画を含め、その他すべてのことには解像度      

 が存在します。表現をする上でこれはとても重要なことです。

★3 回目 3月21日/22日  「小物撮影 実習」

 小物を使っての撮影実習。段ボールを使って自宅でも簡単にできる撮影方法です。

★4 回目 3月28日/29日 「屋外 撮影実習」(高円寺周辺)

 カメラを持って街に出ます。光の捉え方を中心に解説し、皆さんに撮影してもらいます。

★5 回目 4月4日/4月5日 「街撮りからの全員レビュー」

 阿佐ヶ谷の町をデジタルカメラで撮影し、DPE店で即時プリント。全員の写真を皆でレビューします。

★6回目 4月11日/12日 「ポートレート」(撮影実習/新宿中央公園)

 どうやったら人物が魅力的に見えるか実践します。

★7回目 4月18日/19日  「写真の歴史と現代写真」

 写真はいつ、どこで、どのように出来上がり、どのように表現と結びついていったのか。歴史を知る 

 ことで、現代写真を理解する手がかりを見つけます。

★8 回目 4月25日/26日 「美術館巡り」東京都写真美術館(予定)

 現代写真というものを美術館の作品を通して解説。知ることで面白さが増えていきます。

  5月2日/3日 GWのためお休み(特別講座予定)

★9回目 5月9日/10日 「コラージュ」

 実際に、色紙と写真でコラージュを作ります。誰でもできて楽しめます。出来あがったそれぞれの作 

 品は、その場でトートバックにプリントします。

★10回目 5月16日/17日   「写真のセレクト」

 写真はセレクトが重要。選択しながら並べかえることで、ひとつのまとまりを作ります。

★11回目 5月23日/24日 「スライドショー、ショートムービー制作」

 スライドショーとショートムービーを作ることで、タイムラインを意識します。

★12回目 5月30日/31日 「著作権と肖像権」

 最終回は質問が多い著作権と肖像権を、判例を交えながら説明します。

 

<講座料>

1回につき5500円(消費税込) お支払は受講当日ごとになります。

(フィルムカメラの場合はフィルムの購入や現像代は別途となります)

※入会金、年会費等は不要です。

<曜日・時間帯>

●土曜 11時から13時半 ●日曜 11時から13時半

ご都合のいい曜日を選択ください(初回お試し受講も可能です)

申し込まれた曜日で都合がつかない回があれば、土日の振り替が可能です。

*各回、単発の受講も可能です。その都度ご連絡ください。

 

<カメラについて>

カメラがなくても参加できます。(iPhone、iPad、Android 等でもOK)

*フィルムカメラを使ってみたい方には無料の貸出機があります。

 

<場所>

JR総武線・中央線/東西線「阿佐ヶ谷」駅もしくは丸ノ内線「新高円寺」駅。

いずれも駅から徒歩8分ほど。

正式な申し込み後にH(エイチ)の所在地や地図を添付にてお送りします。

<申し込み/お問い合わせフォーム>

form.run/@asagayah

最近、朝は鈴木麻弓に教えてもらった玄米サラダにはまっている

あっというまに1月が終わってしまった。

 

毎年1月が写真展。毎日会場にいるから他のことは一切予定を入れていない。なので僕の1年は、実質11ヶ月ということになる。

 

あれもこれも、やりたいことと、やらなければならないことが重なってきた。

 

今日は午後7時半から、銀座の蔦屋書店で東京都写真美術館の山田さんと僕の 新刊『じゃない写真』のトークイベントがある。70席あるのだけれど、ありがたいことに予約で満席になったようだ。出版社と書店の担当者はほっとしていることだろうな。人集めは本当にたいへん。

 

とくに緊張はないのだけれど、なんとなくこのイベントが終わるまで他が手につかない感じ。

写真展が終わってからは、家の掃除ばかりしている。大晦日にインフルで倒れていたので、大掃除をやっていなかったのだ。これでずいぶんすっきりした。

 

ところで、今回の写真展は19年前のプリントを展示したのだが、これがとても評判がよかった。同級生の写真家山下恒夫が来て「予想以上にプリントきれいだ」と言っていたくらいだ。山下に褒められるのが実は一番嬉しい。

 

19年前にコダックのエクタルアという印画紙にプリントしたのだが、あらためて良い印画紙だったなあと思う。この印画紙に出会わなかったらモノクロプリントをやめていたかもしれない。

 

今年になって「フィルムが値上がりした」という話を聞いたので、ヨドバシドットコムを覗いてみたら卒倒しそうになった。一本1400円近くするし、イルフォードの11x14のウォームトーンは1箱3万円以上する。カラーのほうがまだまし。

 

続けるには気合いが必要になってきた。うかつに使うわけにはいかない。でもうかつに使うくらいじゃないとできないもんなんだけどなあ。

 

さて、これからYouTubeの編集をちょっとやって、銀座へ。ニコンサロンが近くにあるのでちょっと覗いてから会場に。

トークイベント】 『じゃない写真 現代アート化する写真表現』刊行記念

トークイベント】

『じゃない写真 現代アート化する写真表現』刊行記念

 

渡部さとる×山田裕理(東京都写真美術館キュレーター)

 

日時 25日水曜日 19:3021

場所 銀座6内「蔦屋書店」ブックイベントスペース

参加費

 

[参加条件]

銀座 蔦屋書店にて下記の商品(どちらか)をご購入いただいた方にご参加いただけます。

・イベント参加券『じゃない写真 現代アート化する写真表現』刊行記念トークイベント 1,000円/税込

・イベント参加対象商品書籍『じゃない写真 現代アート化する写真表現』渡部さとる著 3,000円/税込 (うち書籍代2,640円/税込)

 

[申込方法]

・店頭

・お電話 03-3575-7755

オンラインショップ

※オンラインショップでの受付は202024()午前10時の受注分までとさせていただきます。

当日空きがあれば予約無しでも大丈夫だそうですが、席に限りがあるため、出来るだけ予約していただければと思います。

 

詳しくはこちらから

 

https://store.tsite.jp/ginza/event/art/12267-1102080115.html

今年は良い年になりそうです

あけましておめでとうございます。

 

年末は疲れからダウン。結局最後の2日間は寝込んでましたが、元旦はすっきり。良い年を迎えることができました。

未編集の『2BChannel』インタビューが2本溜まっているけれど、それは明日以降にして、今日は家で一日ウクレレ 弾くことにします。「グアバジャム」というハワイアンを練習中。

 

昨年はちょっと忙しくしすぎました。あちこちに種を撒いた感じ。今年はアルルに行くことになっているし、地方にも積極的に行きます。正月明けから全開です。

1月8日の水曜日からは、ギャラリー冬青で写真展がスタートします。冬青では11回目になります。毎週水曜日は21時まで開いていますので、仕事帰りにお越しください。

 

今年も「渡部さん、いったい何がやりたいんですか?」と言われるくらい、いろいろなことをやっていきます。